宗教的歴史を実証しようとする科学は眉に唾つけて読む

 わりと何年かに一度、西欧発の「ノアの箱舟発見」とか「紅海が割れる可能性実証」とか「神が放浪イスラエル人に与えたマナの正体は」みたいな記事が新聞やネットに流れてくることがあるのだけど、あれらは基本真面目に受け取らないほうがいいと思う。

 ノアの箱舟はそもそも史実とはみなせない。ギルガメッシュ叙事詩のパクリだし。実際方舟発見のニュースは定期的に流れるが、その後すべてうやむやになっている。

 紅海が割れる可能性について、モーセがエジプトから数十万人のユダヤ人奴隷を脱出させたときに、紅海を割って歩いて渡ったとされているのだが、これを干潮時に強い風が吹けば海底が露出する可能性があるなどと発表されることがままある。ただ、そもそも文献が大量に残っているエジプトに、「ユダヤ人が大量脱走したので軍で追いかけた」みたいな記述が一切残されておらず。史実としては非常に疑わしい。カナンの遊牧ユダヤ人たちの一部に「自分たちはモーセという指導者に従ってエジプトからやってきた」というくらいの伝承があったかもしれないが、何十万人もの集団ではなかったろうし、少人数で移動し、軍に追いかけられてもいなかったとするなら、普通に陸路で移動したであろう。

 旧約聖書によれば、モーセに従った数十万人のユダヤ人は、エジプトから脱出後、カナンの地に定住するまで実に40年もうろうろ旅を続けたことになっている。小松左京の「復活の日」で、ワシントンから南米南端まで徒歩で縦断した主人公が6年で踏破しているのと比べて、いくらなんでも長すぎであるが、この間荒野でテント生活するユダヤ人に神がもたらした食料が「マナ」である。朝地面にいっぱい落ちてて、自分たちが消費する文だけ拾って食べたことになっている。多くとっても一日で腐っちゃうので無意味なのだ。なお、安息日は神が休むのでマナは振らなかったのだが、安息日の前日には二倍収穫しても腐らなかったのでOKだったらしい。なんとも都合のいい代物だ。これは「パン」とも言われるが、甘くてサクサクしたウェハースみたいなものだったらしい。で、このマナは実際なんだったのか、りんごだとかキノコだとかいろんな説が大真面目に唱えられているのだけど、紀元前1200年とかそんな時代の伝承である。しかも現代に伝わる伝承は、一度ユダヤ王国が滅ぼされて新バビロニアの地でメソポタミアの神話の影響を受けながら創世記から執筆し直した結果の記述であるわけで、そんなもの神話でしかない。着の身着のまま数十万人で大量脱出して、約束の地に定住するまで荒野を40年もさまよったことになってるから、食料をどうしたのか説明付けなきゃいけなくなって神の恩寵を挿入したわけで、本当に毎朝マナなるサクサクの甘いものが降って湧いたわけがないだろう。

 ちなみに旧約聖書冒頭のモーセ五書は、伝統的にモーセが執筆したとされていたが、その最後はモーセが死ぬシーンが描かれているので、それだけでモーセの作品でないことがあきらかである。ドキュメンタリーと宣伝されたモンド映画「食人族」で最後に全員の死体を写しているカメラマンは誰だみたいな話である。

 モーセの死後、指導者の地位を引き継いだヨシュアは、ユダヤ人を率いてカナンの地を侵略、あちこちの都市を攻め滅ぼす。そりゃもう男は皆殺し、女は犯す勢いで悪逆非道の限りを尽くすが、神の命令なので全部正しいのだ。ヨシュアがラッパを吹きながらエリコの周りをぐるぐる回ったら神の力で城壁が崩れ、戦争に勝つことができたとなってるのだけど、エリコの城壁はユダヤ人がやってきたとされる時代のさらに1000年くらい前に崩れていて、実は無人の廃墟だったらしい。よかった、虐殺はなかったんだ(おい)。

 ユダヤ人の祖先はアブラハムとなっていて、この人はウルからカナンに来て、この地で一旦後のユダヤ人の祖先が増えるのだけど、いつの間にかエジプトでユダヤ人は奴隷になっている。それをモーセが数十万人の大脱出でカナンに導くストーリーになってるので、アブラハムの子孫はカナンに定着していなかったように描かれている。だってエジプト出身ユダヤ人たちがカナンの人たちを全部神敵として滅ぼすからね。実際はそこいらで遊牧生活していた、ある程度祖先神話を共有する部族たちが徐々にまとまって、最終的に建国したのだろう。アブラハムを祖とする部族、イサクを祖とする部族、ヤコブを祖とする部族。そこにモーセを祖とするどちらかというと新参部族が合流して、「おおあんたらの神はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神ってのか、いや実はそれはな、ヤハウェといってすげえんだぜ」と吹き込んだのではないかと思われる。そう考えると数十万人で紅海を渡り、マナを食いながらラッパ吹いて城壁を崩す必要もなかったろう。紅海は割れなかったし、マナなんてなかった。それでいいんじゃねえのかな。