Googleフォトのおせっかいなアシスタント機能

Googleフォトの基本

 

 Googleフォトは、無料で無制限に写真をバックアップできるGoogleのサービスだ。ただし無料だとRAWデータも高画質JPEGに変換されてしまうので、本当の意味でのバックアップとはいえない。RAWのままで保存したい場合は容量に応じた課金プランを使用する必要がある。

 それはさておき、このGoogleフォト、画面の横に撮影日付が西暦表示がされ、そこをマウスでドラッグすることですばやくスクロールできるなど、なかなか操作性が良い。

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 また、写真の共有も簡単で、Google+FacebookTwitter、個人ブログなどに簡単に貼り付けることができる。ただし、PCのWebインターフェースからだと、Twitterに貼り付ける際、リンク貼り付けになってしまって画像貼り付けにならないのは残念だ。スマホアプリ版だと写真をコピーして貼り付けてくれるのだけど……

 

 それはさておき、Googleフォトには「アシスタント」という機能があって、アップロードした写真を「勝手に」まとめてアルバムにしたり、加工したりしてくれる。使ってみて気づいたアシスタントの機能を以下に並べてみる。

 

アシスタント機能

アルバム

なんらかの「まとめられそうな単位で」写真をまとめてアルバムにする。「日曜日の午後、相模原市にて」「東京への旅行」などといったタイトルが入ることからして、日時、GPS情報などを調べてまとめているらしい。GPSの入っていない写真でも「旅行」などというタイトルで、確かに旅行にいったときの写真をまとめていることもあるので、画像から「旅行らしい」とGoogleのAIが判断しているのかもしれない。怖い。

例:

https://goo.gl/photos/8ZxtK88QHsnvzoyX7

ムービー

写真をスライドショー形式の動画にして、BGMをつける。写真の選択は「アルバム作成」と似たようなもので、一連の写真を並べて思い出っぽくしてくれる。BGMは数種類あるようだが、基本的にニュートラルでいかにも邪魔にならないループ系BGM。

例:

https://goo.gl/photos/9vBiJ2ttdb29uQv29

 

アニメーション

短い間隔で連続写真を撮ったものをつなぎ合わせてアニメーションにしてくれる。ムービーはあくまでスライドショーなのに対し、こちらは基本同じ構図の中で被写体が動いている物が採用されるらしい。パラパラ漫画的な効果を演出する。

例:

https://goo.gl/photos/TnYJ2x8n846td52H7

 

HDR

露出を変えて撮影した複数の同じ構図の写真があると、これをHDR合成したものを作成する。ゴーストリダクションなどは行ってくれないので、被写体が動いていると悲惨な画面になるが、アシスタントはそんなことは気にしない。

例:

https://goo.gl/photos/SQW73R2ZnectjFFa7

https://goo.gl/photos/Zj1Ku3GNbuweuUY89

 

パノラマ

横にずらしながら撮影した複数の写真が繋がりそうだったら合成してパノラマにする。

例:

https://goo.gl/photos/MQmJqWQUsr2etVnj8

 

スタイル

写真に各種フィルタ処理を施して加工する。これが発動するのは比較的珍しい。なんだろう。たまたまレトロな建物にレトロデザインの車がある写真を撮ったらインスタグラム風レトロ効果が発動したのだが、これもGoogleのAI技術だろうか。

例:

https://goo.gl/photos/UF2XLWi3E4p3ndx38

 

アシスタント発動条件の謎

これらのアシスタント機能、なにをアルバムにし、なにをHDRにし、なにをムービーにするかの基準は謎で、写真をアップロードした後アシスタントさんが自主申告で「新規アニメーション作りました」とか言ってくるのを待つしかない。アシスタントが作成したコンテンツは保存するかどうかが選べるので、無視すればなにも残らない。なお、アルバムくらいなら手作業でも編集できるが、HDRとかパノラマとか効果とかムービーとかアニメーションとかの機能は、アシスタントしか使えない。ムービーを見て「あ、この失敗写真削除したい」と思っても一切編集もできないし、自分で新規作成することもできない。なんとも不思議な機能である。

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中世風ファンタジーで気になる白金貨

 毎度「小説家になろう」等のWeb小説ネタなのだが、これも一つのテンプレなのだろうけど、Web小説の中世風「剣と魔法の世界」において、大概の場合貨幣は銅貨、銀貨、金貨、白金貨が設定されている。金貨の価値は現代の日本円にして10万円程度とされていることが多いが、金貨の上に白金貨という貨幣があり、一枚で100万円とかそれ以上の価値を持つことになっている。作品によっては金貨の上が大金貨、その上が白金貨というパターンもあり、その場合白金貨の価値は1000万円以上。通常取引に使われることはなく、大規模な不動産取引などでまれに使われるくらいのレアな貨幣になっている。

 なぜそんな高額貨幣があるのかといえば、主人公は大概すごい戦闘力を持っていてそうそう狩れないドラゴンなどの上位モンスターを狩りまくったり、現代知識を生かした商品開発(リバーシなど)が大ヒットしてすごいお金を儲ける事になるためだと思うのだけど、ちょっと疑問なのは「白金貨」というものがどういう金属でできてるのか描写した作品があまりないことだ。字面からして白金、すなわちプラチナなのだろうかと思うのだけど、中世ヨーロッパ風世界の通貨として白金が出てくるとなにか違和感がある。現実の世界では、白金は古代エジプトなどで少数の使用例があり、南米などでも10世紀頃に装飾品に加工する技術があったらしいが、融点が高いため普通に溶かす火力がなかなか得られず、ヨーロッパで白金が加工できるようになるのは近代に入ってからだ。

 このてのファンタジー作品では、ミスリルオリハルコン、アダマンタイトといった希少な「ファンタジー金属」が登場することが多いが、これらが貨幣に使用されることは少なく、あくまで金貨より貴重な貨幣は「白金貨」なのだ。現実にもプラチナを使用した白金貨というものは存在するが、例えばアメリカのイーグル白金貨や、カナダのメイプルリーフ白金貨のように、額面に価格が印字されておらず、地金の価値で取引される物で、一般的な通貨として発行された物とは言えない。一般にこれらの白金貨は、金貨銀貨が本位通貨としてもはや用いられなくなった後の商品であり、きわめて現代的な印象を受ける。

 つまり、中世ヨーロッパ風異世界の通貨に白金貨というものが混ざると、そこだけ中世風でもファンタジー風でもなくなる気がするのだ。

 

 いや、最初の方で書いたとおり、「白金貨」が「白金」なのかどうかは謎なのだ。そもそも「白金貨」にルビを振っている作品を見たことがないので、読みも「はくきんか」「はっきんか」「しろきんか」どれだか判然としない。しかし、金、銀、銅が普通に現実のそれぞれに対応していると思われるので、やはり白金貨は白金なのだろうか。主人公も「え?白金?プラチナ?精錬できる炉があるの?」とか疑問に思って会話にでもしてくれれば、それへの返事から白金かどうか、白金を精錬できる技術があるのかなどの情報が明らかになって読者の方も安心できると思うのだけどなあ。

 

MFなオールドレンズはAFモードで使う

 デジタル一眼レフで、オールドレンズを使う趣味は結構多いのだけど、その説明をしているサイトを見ると、殆どの場合カメラの設定をMFモードにするようになっている。確かにオートフォーカス非対応のレンズでオートフォーカスは効かないので間違ってはいないのだけど、実はAFモードで使うとピンぼけをかなり予防することができるのだ。

 なお、僕はPENTAXの一眼レフしか持っていないので、他社の機種でこのやり方が通じるかは知らない。

 

 いまさらPENTAX K-rで恐縮だが、このようにボディ側にフォーカスモード切り替えスイッチがあるので、これをAFモードにする。なお、AFモードはAF.Sにしておく。AF.Cだとフォーカスがあっていなくてもシャッターが切れるのでこの場合MFモードとあまり変わらない。

 

 そもそもなぜマニュアルフォーカスレンズをつけたらMFモードにしなければいけないのか。それはAFモードだと、フォーカスが合わないとシャッターが切れないからだ。つまりAFモードでもしっかりフォーカスを合わせればシャッターは切れる。つまり、

 

 シャッターボタンを押しっぱなしにして、フォーカスリング回せば、フォーカスが合った瞬間自動的にシャッターが切れるのだ。この方法は意外と使い勝手がいい。試してみてはいかかだろうか。

 

作例:PENTAX K-r + smc PENTAX-A 28mm F2.8

Instagramと正方形写真の歴史

https://www.instagram.com/p/BPRd3FOBRyG/

ボーノ相模大野、大野銀座側#hdr #snapseed

 

 Instagramの写真は基本正方形である。最近は長方形フォーマットの投稿もできるようになっているが、それはスマホのカメラで予め撮影しておいた写真に限られ、リアルタイムで撮影する写真はいまでも正方形に限定されている。この理由についてだが、コダックのインスタマチックや、ポラロイドのインスタントカメラをリスペクトした結果と言われているらしい。

gaiax-socialmedialab.jp

 

 インスタマチックは、正方形画角のカートリッジ式125フィルムを採用したカメラで、35mmフィルムにくらべて取扱いが容易であり、子供や女性向けに安価なモデルが各社から販売されていた。発売は1963年だが、1970年代後半には姿を消していた様に思う。125フィルムをさらに小さくした110カートリッジフィルムを使うカメラがその後流行ったけど、これは正方形画面ではなかった。

 ポラロイドのインスタントカメラは、フィルムを引き伸ばしてプリントするのではなく、その場で完成プリントが出来上がるもので、メジャーな規格ではおおむね8cm四方の正方形に写る。なお、一般的なポラロイドフィルムは、正方形の画面の下に、一方向だけ大きな余白がある。この部分に現像液が仕込まれていて、ロールで排出される際に撮影面に押し出されて現像される仕組みになっている。なので撮影面が正方形なのはひょっとするとこの余白を作るためだったのかもしれない。

 

 インスタマチックがなぜ正方形だったのかについては、これが登場した当時、二眼レフカメラが普及しており、この形態のカメラの一般的な画面が6cm×6cmの正方形であり、カメラを使う人々が正方形画面に慣れていたという事があるらしい。戦前から35mmフィルムを使うライカなどのコンパクトカメラは製造されていたが、精密な35mmカメラは比較的高価であり、単純な二眼レフはインスタマチックが登場した1960年代、民間に随分普及していた。そもそも1900年にコダックが発売した「ブローニー」というカメラが6cm×6cmというフォーマットを採用しており、フィルムカメラの歴史の初期から正方形フォーマットは結構主流の一つだったのだ。

二眼レフで撮影した写真。Flexaret V, KODAK PORTRA400VC

 

 ではなぜすたれてしまったのか。これはおそらく35mmが普及しすぎてしまったのだと思う。120フィルムで6×6の写真を撮ると、一本12枚しか撮れない。35mmなら36枚まで普通に撮れる。中版フィルムの画質の良さも、フィルム自体の改良で35mmで十分な解像度を得られるようになる。カメラ自体小型にできるため取り回しが良い。インスタマチックがでてきた頃、2眼レフを使っている人も、使っていた人も多かったかもしれないが、すでに35mmが普及し始めており、子供のための入門カメラ的に売れたものの、主流になることはなく消えていった。ポラロイドに関しては、その場で確認できるという利点があったために特定用途で使われ続け、デジカメの登場まで寿命を延ばすことになったが、今はすでにポラロイド社自体がデジカメにプリンターを内蔵する機種に切り替えてしまい、極めてマイナーなものになっている。

 

 35mmフィルムは映画用のものを写真に流用したのが始まりだが、これを使ったライカが24mm×36mm、長方形画面のカメラを作った。このサイズが現代まで踏襲されている。まあ、人の目は左右2つあって、基本横の視界が広いので、画角が横長であるのは一応合理的なんである。

 

 で、Instagramがかつてわりと普通に使われていたけどいまではほぼ消え去った正方形写真を復活させたのは、一種のノスタルジーであるわけで、これはあのアプリが最初から装備していた各種レトロフィルム調フィルター群によっても明らかだ。ただ、正方形画面には、実際にスマホにおいて非常に有利な点がある。スマホというのはなまじ縦にしても横にしても画像をフィットさせて表示するものだから、撮影時の方向と違う向きにすると、写真がずいぶん小さくなってしまうのだ。ところが正方形なら、縦にしようが横にしようが大きさが変わらない。

 

 ところで、富士フィルムはポラロイドと同じようなインスタントカメラを出しているが、後発であったこともあってか、画面が正方形ではなかった。ところが、2017年春に、新たに正方形画面のフィルムとカメラを販売するという発表があった。

instax.jp

 これはひょっとすると逆にInstagramからインスタントカメラへの影響が起きたということなのだろうか。

HDR写真と絵画

HDR写真

 写真というのは、目で見たままの映像を写し取るものと思われがちだが、実際は僕らが肉眼で見た印象と随分違う絵を写し取ってしまうことがままある。特に明るい部分と暗い部分を同時に写そうとすると撮影時に思った印象とまるきり違うものができてしまう。たとえば、

 

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 このような朝の風景。日が当たっている部分に露出を合わせると影の中がほとんど真っ黒だ。考えてみて欲しい、朝住宅街を歩いていて、影に入ったとしてこんな暗闇を歩いているだろうか。ではカメラの露出を変えて、影の中が見えるように撮影するとどうなるか。

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 ブロック塀のディティールが見えてきたが、今度は向こうの建物や空が白く飛んでしまってよく見えない。こんな風景を記憶しているだろうか。

 普通の写真が表現できる明るさの範囲は意外と狭いのだ。そこで、露出を変えた写真を複数枚、同じ場所で撮影し、コンピューター上で合成するというテクニックが生まれる。これがHDR(High Dynamic Range)合成といわれるものだ。

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 なにしろ1枚のHDR写真をつくるのに、露出を変えた複数枚の写真が必要で、それをいい感じで合成するのにも時間がかかっていたため、HDRの動画を作ろうとすると以前は一眼レフで大量の連続HDR写真を作り、これをつなぎ合わせて動画にするというような方法がとられることが多かった。そのためどうしても長時間風景を撮影したタイムラプス(微速度撮影)動画にならざるを得なかった。

www.youtube.com

 最近ではデジカメやスマホのカメラに、HDR撮影機能が組み込まれて、いちいち手動で複数撮影して合成する必要はあまりなくなっており、ムービーカメラにもHDRでいい感じに撮影する機能を持つものが出ている。少し前の型だが、公式の解説動画がいい感じなので貼ってみる。

www.youtube.com

 

 絵画はもともとHDRだった

Caillebotte-PontdeL'Europe-Geneva

 

ギュスターヴ・カイユボット作「ヨーロッパ橋」1882年

 

 この絵、写真だったらこうは写らないであろう。橋の欄干が作る影の中をこれほど明るく描写しようとしたら、日が当たっている背景の建物や空は白く飛んでしまう。この絵が描かれた時代には、すでに写真は発明されているものの、あくまでモノクロでしかなかったし、画家は資料やデッサン素材としてしか使っていなかった。あくまで自分が実際に見た印象をもとに描いていたため、結果として、現代から見るとあたかもHDR合成写真のような仕上がりになっているのだといえる。

 

  20世紀にカラー写真が実用化され、写真そのものが芸術となっていき、人々が日常で写真を目にするようになると、「写真のように描くとリアルに見える」と思うようになる。影の中を黒く塗りつぶしたり、背景をぼかしたり、筆跡が見えないようにエアブラシを使ったりして、「写真のような」表現を取り入れていった。21世紀にHDRが普及することで、絵画の「リアル」もまた変化していくかもしれない。

駒形神社は陸中一宮。陸中って?

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 岩手県奥州市水沢区にある、駒形神社は「陸中一宮」を名乗っている。「一宮」というのは、伝統的に律令国ごとに一つしかなく、国司が参拝する位の高い神社であったとされている。もっともこの「一宮」という称号のようなものは、朝廷の公式な定義がなく、いつの間にか民間で呼ばれるようになったものらしいのだが、なんとなく12世紀頃から各地で言われるようになったものだ。

 

 で、まあ古代律令国のトップの神社であるならば、それは由来がいまいち定かではなくても伝統ある立派な物だと思うだろう。ところで、律令国に「陸中国」なんてあったけ?

 

 関東以北の本州地域は、古代から近代まで大きく陸奥と出羽の国に分かれていた。政権中枢から離れていて、遅れて朝廷支配下に入った、やたらだだっ広い田舎だったのである。明治維新時、奥羽越列藩同盟を作って官軍に対抗したこともあり、戦後陸奥と出羽は分割された。陸奥国(むつ)は陸奥国(りくおう)、陸中国(りくちゅう)、陸前国(りくぜん)、岩代国磐城国の五カ国になった。その後間もなく、廃藩置県で支配体制が近代化するとともに、「律令国」という区分そのものがほとんど使われなくなったため、これらの明治時代にできた新しい律令国は忘れられていった。僅かに三陸海岸の「陸前高田」、内陸の「陸中折居」といった地名に残滓が見える。「三陸」というのも、陸奥、陸中、陸前の三つの「陸」にかかる海岸であるから三陸と呼ばれるようになったものだ。

 

 さて、神社の「一宮」という呼称が、12世紀ころから律令国各地で使われるようになったものという話をしたが、もうおわかりだろう。駒形神社の「陸中一宮」はその「陸中」という、近代まで存在しなかった律令国区分故に、明治以降にできたもので、他の一宮に比べると、なんというか、ずいぶん歴史の浅い微妙な称号である。ちなみに明治以前からの括りでの陸奥一宮はもちろん他にあったりするので、変な入れ子構造になってしまっている。

サタンは神の法廷の検事。アスタロトはアフロディーテ

 サタンというと、キリスト教における悪魔のトップで、およそ最悪の存在という印象がある。かつて高位の天使であったが、人もしくはイエスが神に愛されたことに嫉妬し、神に反逆して堕天した存在とされている。旧約聖書創世記で、エデンの園でイブを誘惑し、神が食べるなと命じた知恵の実を食べさせた蛇が、後にサタンと同一視された。蛇は神の創造物の中でも知恵のあるものだったのだが、これが人を惑わせて神に背かせたことで、地を這い塵を食らう屈辱を押し付けられ、人の女に恐れられ、男にかかとで踏まれる卑しい存在に落とされた。これがのちに「天使が堕ちた物語」と重ねられ、さらに「蛇の強いやつ」的にドラゴンという空想的動物に投映され、西洋における「ドラゴン=悪」の図式につながる。現代人の視点で創世記を読むと、あれはどう見ても人間が蛇を忌避してきた歴史を説明する普通の起源説話で、あの蛇は別にサタンなんかじゃないと思うのだけど。

 

 創世記の蛇は忘れて、サタンに戻ろう。サタンはもともと「告発者」「反対者」というような意味合いのヘブライ語の単語だ。こういう一般名詞的な「サタン」の用例として、旧約聖書の「ヨブ記」がある。ここでは神が天使たちを前に地上を眺め、この世はすばらしい。人は神に対する信仰をもち栄えてるみたいなことを言う。ここで天使たちの中にサタンがいて、神に「いや人はあなたに媚びへつらってるだけで、不幸や利益があれば信仰なんて続かないっすよ」みたいなことを言い出す。そこで神はサタンと賭けをすることになる。この話結構長いのだけど、サタンと神は人の中でも信仰に篤いヨブを選び、この人にどんどん不幸を課していく。そりゃあもう、財産を失う。全身かさぶたまみれになって凄まじい苦痛をもたらす皮膚病になる。突然の災害で親族が死ぬ。妻は神が悪いと言うし、友人はお前が悪いんじゃないか?白状しろと揺さぶる。実際神のせいなんだけどね。この不幸の波状攻撃にもヨブは神への信仰を捨てなかったんだけど、最後の最後に弱音を吐いてしまう。そりゃあひどいよ。神の許可のもとでサタンが、ヨブの命さえ奪わなければ何してもいいという条件で不幸を重ねまくるんだから。

 ヨブが、自分はこんなに神を信仰してるのに、なんで神はこんな不幸をくれるのかと弱音を吐くと、神はもう異様にブチ切れるのだ。「お前俺が世界作ったときにその様子見てたの?見てないでしょ。お前のようなちっぽけなものが神のなにをわかるの?馬鹿なの?死ぬの?」と口を極めて罵るのだ。最後にヨブは信仰を取り戻し、失った財産以上の報いを得てめでたしめでたしになるんだけどね。死んだ親族とかは生き返らないのよ。神ひでえwww。

 

 それはさておいて、この話が、後にサタンを頂点とする地獄の悪魔軍団のイメージができる以前の「サタン」が描かれているという点で面白い。ここに登場するサタンは天使たちに混じって神の前におり、神の作りし人間にひどい不幸をもたらしているけど、それは神が許可しており、別に罰せられてもいない。つまり、ヨブ記が書かれた当時「サタン」は神の法廷において人を告発する検事のような立場であって、神に反逆した悪魔ではなく、神の世界運営の中で通常の役割を与えられた天使の一人だったということだ。ただ、人を神に背かせるために活動するという点で、後世のキリスト教的悪魔の原型ではある。

 

 一般的に、世界のほとんどで、神話は多神教である。世界の様々なものを司る神が想像されてきた。カナンの古代神話では最高神はイルもしくはエルとされ、これは「神」という一般名詞でもあった。旧約聖書で神を表す名詞の一つ、「エロヒム」は「エル」の複数形である。ミカエルとかガブリエルとかいう天使の名前の末尾の「エル」もこういう神格を表すものだろう。最高神「エル」は、それが神一般をも表す言葉だったためにエロヒムとしてユダヤ教にも取り入れられ、アラビアではアッラーフとなった。

 ところが、エル以外の、固有名詞を持つ神々は、ユダヤ教キリスト教の歴史の中で、貶められ、悪魔の名前に変化していく。エルの息子とされるバアルは、バアル・ゼブル(偉大なるバアル)と尊称されていたが、ユダヤ人からバアル・ゼブブ(蝿のバアル)と呼ばれ、ついには蝿の姿をした悪魔ベルゼブブとなった。

 美と豊穣の女神アスタルト。バアルの陪神ともされるが、これはヘブライ語では本来アシュテレトと発音されるのだが、「恥」を表すボシェトの母音を組み込んで「アシュトレト」と蔑称されたらしい。これが中世キリスト教の悪魔学で悪魔アスタロトになってしまう。ちなみに、アスタルトは各地で信仰、集合され、ギリシャの美の女神アフロディーテや、メソポタミアの女神イシュタルとも起源を同じくするらしい。

 

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「地獄の辞典」に描かれたアスタロト。これがアフロディーテと同じものとは…

 

 多神教においては、他地域の神も神として受け入れられるパターンが多かったが、ユダヤ教がヤハウエ以外を神と認めなかったことから、それらは悪魔にされてしまったわけだ。かわいそうな話である。