Lisa, OpenDoc, BTRON。書類指向の夢
LisaとMacがパソコンの画面に「デスクトップメタファー」を導入し、それが以後のGUIの手本になった。これは要するに、コンピューターで行う作業をそれまで紙とペンで行われていた卓上作業に還元する試みである。人が机に向かって行う作業は一般的に手紙を書く、データを集計する、絵を描くなど、まとめて言えば書類の作成であるといえる。
最初に登場したLisaでは、後のMacよりもこのメタファーが徹底していた。卓上にあるのは書類と、道具とフォルダーであって「ファイル」でも「アプリケーション」でも「ディレクトリ」でもない。Lisaでの通常の作業は「アプリケーションを立ち上げ、新規書類を作成する」という手順ではない。書類綴りのアイコンをダブルクリック、もしくはメニューの「ステーショナリーから千切る」を行うと、単品の書類アイコンが出現する。それをダブルクリックすることでその書類を編集するウィンドウが開く。テキスト文書用、図形用、スプレッドシート用といった用途別の書類綴りが用意されており、目的によって用紙を使い分けるという形だった。
Macはこの方法をやめ、アプリケーション中心のUIになっており、これが実際今に続くGUIの基礎になっている。だが、Macも一時期Lisaのような書類指向を目指したことがある。それがOpenDocだ。OpenDocは、高度化し、肥大化するアプリケーションをやめ、小規模な「パート」を編集するパートエディタに分解、なんでも格納できるコンテナ書類の中に好きなパート(テキストだったり画像だったり動画だったり、ネットワークの先のリソースだったり)をDrag & Dropでレイアウトする仕組みなのだが、このためのコンテナや、各パートを構成する書類はLisaのような書類綴りの「ひな型」という形で、これをダブルクリックすると書類のコピーが自動作成され、ウィンドウが開いて編集可能になる形をとっていた。この「ひな形」英語版では「Stationery」であり、Lisaのそれと同じ名称である。当時の雑誌等でOpenDocとLisaを結びつけた論評を見た覚えはないが、開発していた人達はLisaへの回帰という思いもあったのではないだろうか。この時期ジョブズいなかったし。
OpenDocは結局主流にならないまま、NeXT買収後に破棄される。
BTRONは独自の実身/仮身システムで、OSまるごとハイパーテキストとでも言うべき独特の構造を持っている。このOSもまた書類指向である。「原紙箱」「原紙集め」というウィンドウから用紙を取り出して編集するという形になっている
こういった書類指向のインターフェースは、書類が主役であり、「アプリケーション」を見えにくくする。アプリケーションを販売し、ブランド化したいデベロッパーにとっては自動的に裏方になってしまうこういうシステムはあまり歓迎されない仕組みなのではないかと思う。これが書類指向インターフェースが普及しなかった原因ではないだろうか。