ドリンク剤と精力剤の曖昧な境界

ドリンク剤というのは、「ファイトー!いっぱあ~つ!!」で有名な「リポビタンD」に代表されるアレだ。主に疲労回復効果を狙った液体ビタミン剤と言っていいだろう。なお、あのCMで必ず山登りとかした『後で』飲んでるのは、あくまで疲労してしまった後の回復を助けるものであって、事前に飲んで筋力とか持続力アップの効果があると誤解されないようにしているとかなんとか。

 

それに対し、精力剤というのは、主に性交時の男性機能維持、強化を期待される薬である。バイアグラ登場以前、男性機能強化というのは完全に伝承と経験則によっており、ハーレムを作るオットセイだの、食らいついたら離さないすっぽんだの、首を落とされても動き続けるマムシだのの「イメージ」が投影されたものであり、そういった生薬成分は高価であった上に、人はエロのためならお金を払うので、精力剤は高価になりがちである。薬局で数千円もする丸薬だのドリンク剤を売ってるのを見たことがある人は多いだろう。なぜかそれらは赤系統のパッケージにイナズマを走らせたり、真面目な薬局には似つかわしくないエリアを形成している事が多い。

 

しかしこれらの境界は案外曖昧である。性交も運動であり、特に若ければ疲労回復さえすれば継続可能であるし、というか、ビタミン飲んだって、10秒で回復するわきゃないし、オットセイの睾丸だのマムシのエキスだの飲んだってプラシーボ効果しかねえわけで。どっちも実効に乏しいのだ。

 

さて、ドリンク剤にしろ精力剤にしろ、実効に乏しいのは事実だが、まあ副作用もあんましないわけで、飲んでも飲まなくても益も害もあんましない代物だ。なのでこれらを売る方としてはイメージ戦略が重要になるわけで。リポDは当初薬局でしか買えない、すなわちほんとに効果がある、という路線だった。スーパーとかで買えない医薬品だったか医薬部外品だったかな、そういう分類で、薬局のレジ横に置いた冷蔵什器に陳列し、サラリーマンがその場で飲んで瓶を置いていく。まあこの当時ガラス瓶は店に返すのが基本という流れもあったのだけど。

 

1970年代から1980年代あたり、リポビタンDは薬局でしか買えないという価値を使用していた。それに対し「清涼飲料水」の分類で対抗したのがヤクルトタフマンである。タフマンは清涼飲料水なので、スーパーでもヤクルトおばちゃんの巡回販売でも売ることができた。どっちも成分は似たようなもんで、あんまし違いないんだけど、「薬です!」「ドリンクです!」の争いだったんだよね。

 

さて、ドリンク剤の販売チャンネル争いの前から、スーパーで売られていたのが「赤まむしドリンク」である。これも多分製薬会社が作ってたはずだけど、「赤まむし」という「精力剤」エリアのイメージ、セックスで強くなれそうというそれを出しつつ、非薬局系販売チャンネルに流していた。で、なぜかつねに「赤まむしドリンク」は安価だった。「赤まむしドリンク」に期待されるのはビタミン類よりも「マムシエキス」という生薬成分であるのだが、当時の清涼飲料水的には成分表示は必須でなかったし、うちの親などは「赤まむしドリンクはヤクザのしのぎ、中身はなんだかわかりゃしない」という意見だった。まあ、ほんとにマムシのエキスが濃く入ってたとしてもそれが疲労回復や性機能向上に何らかの意味があるのが不明なんだけどね。

 

1980年代、確か当時もリポビタンDは150円前後の値段だったと思う。赤まむしドリンクは100円とかもっと安かった。その中で一つのブランドが台頭していた。ユンケルである。

 

ユンケル黄帝液。このドリンク剤は薬局専売で、値段は800円。容量は少なく、アンプル用の細いストローが添付されていた。1980年代のユンケルは、疲労回復。性機能強化両方のイメージが非常に高かった。当時の漫画家は、「ちょっと気合入れるならリポD、二徹三徹するならユンケルすすりながら仕事」みたいなイメージあったと思う。

 

ユンケルには上位の商品がいくつかあり、最上位がユンケルファンティー3000円だったと思う。僕はファンティーを、いまの嫁さんとデートする日の朝に買って飲んだ思い出がある。ユンケルシリーズの特徴は漢方の生薬をこれでもかと配合してることなのだが、もちろん科学的にはあんまし意味は無い。おまじないと同程度のものだ。高価であることが逆に期待をそそるという、悪質商法だともいえよう。所詮イメージを売ってる商売なのだ。

 

興味深いことに、ユンケルはバブル時代のあと、コンビニ等で安価なユンケルローヤル売るようになったあとはかつてほどのカリスマを失っている。最低でも800円、アンプル用ストローで摂取するというおまじないがなくなったら、ぶっちゃけリポDと差別化できなくなってしまったのだ。