MSX3で使われるはずだったV9990

MSX というパソコンを特徴づけるのは、ゲーム制作がしやすいVDP(ビデオディスプレイプロセッサ)を搭載していた事だろう。画面上で背景を消さずにキャラクター(スプライト)を表示し、キャラクター同士の衝突も自動で検出できる。MSX1に採用されたのはTI社製のTMS9918というVDPである。このLSIは1981年に発売されるや、さまざまなホームコンピューターやゲーム機に採用された。MSX規格がこれを採用したのは当然の成り行きと言っていいだろう。家電メーカーを含む多くの企業に作らせるのだ。安くて普及してる部品を使うのがよい。

 

しかしこのチップの作る画面は家庭用TVに合わせた低解像度のものであり、また、ゲーム用としてもMSX1と同時期のファミコンに比べ、画面スクロールがやりにくく、スプライトの色数も少なく、同時に表示できる数も劣っていた。つまり汎用パソコンとしてもゲーム機としても出てすぐに力不足に陥っていたのだ。

 

1985年のMSX2では、ヤマハアスキーマイクロソフトがTMS9918互換で、かつ最大256色表示可能、スプライトの数も倍に増やしたV9938を開発、採用する。解像度は最高512×424ドット。横80文字表示を実現して、パソコンらしさもアップした。

 

1988年に発表されたMSX2+は、V9958 を採用して、写真などを表示するのに向いた特種な19268色表示モードの追加と、横方向のスムーズスクロール機能が加わったが、1から2への変化に比べあまりに代わり映えしなかった。

 

1990年発表のMSXturboRは、CPUが一気に数倍から10倍も高速化されるという大きな進化をしたが、VDPはV9958のままだった。

 

実はこの頃V9978というVDPが開発されており、turboRは本来これを搭載する予定だったが間に合わなかった、とよく言われている(V9978は実際には発売されず、さらに機能を追加したV9990がturboR発売後の1992年に出ている)。MSX3ではなく、turboRという企画になったのも、画面周りが変わっていないので3とは呼べないからかもしれない。ただ、これには異論もあって、V9978、V9990はV9958以前のように、TMS9918との互換性をもっていないのだ。つまりMSX1との互換性を捨ててしまうことになる。MSX規格としてはたしてそこまで大きな切り捨てが行われるか疑問ではある。なにしろMSXというもの、なんだかんだいってだんだん衰退していたので遊べるゲームの資産はまだ元気だったMSX1時代のものが多いし。

 

あるいは、turboRが、新たなCPU、R800 といっしょにいままでのZ80互換CPUをつんでいたのと同じように、V9938もしくはV9958 とV9978を同時に載せて起動時にモード切替などをする方向だったのだろうかとも思うが、それだと多分より高くなるだろうしなあ。

 

ところで、V9938は別名E-VDP-I、V9958はE-VDP-II、発売されなかったV9978のペーパーにはE-VDP-IIIと書かれている。実際に発売されたV9990もE-VDP-IIIであり、V9990がV9978の練り直しである事を意味しているようだ。 

 

ともあれ、画面周りの大幅な強化を期待していたユーザー、メーカーからはあまり評判はよくなかった。CPUが圧倒的に高速化されたのに、画面表示すると従来の遅いVDPに足を引っ張られて今までとあんまし変わらない速度になってしまったりすることもあり、なんというか微妙なマシンだった。一時は国内外の家電メーカーがこぞってだしていたMSXも、turboRについてはもはやパナソニック一社しか製品を出さず、業界共通規格という意味を失ってしまった。当然普及も進まず、専用ソフトなどほとんど出なかった。

 

ところでMSXに使われなかったV9990だが、パチンコ機などでそこそこ使われたらしい。前景、スプライト、背景が独立して動かせたり、32768色出せたり、スプライトの数も128個出せたり、内部の転送や描画コマンドもV9958の20倍位速いとか、まあ当時としてはすげえ強力なプロセッサなので、R800 とV9990 が載ったMSXというのは、たしかに夢のマシンではあったと思う。

 

ところで、その後1994年にオランダのサンライズという会社がV9990を載せたMSX用カートリッジ、GFX9000を販売している。どうもこの会社もう今は存在しないのか、Webページが消えているが、同じようなものをブラジルのテクノバイトという会社が売っている。V9990も随分前に廃版になってると思うのだが、在庫のチップがまだ存在するのだろうな。

 

これらの拡張カートリッジは、MSX本体とは別にカートリッジの方に、V9990の画面を出すモニター出力を持っている。なので、MSXのモニターと、V9990に描画する画面を見るモニター2台が必要ということになる。ただし、かのサンライズ社がGFX9000を改造してMSX本体の画面とV9990の画面を合成して一つの画面に出すVideo9000という拡張機器も作っていたようだ。

 

まあ、これはサードパーティが勝手に拡張したもので、実際のMSX3がこのようなデュアルモニターになるはずもないのだけど、とにかくバスにVDPつないでIOポートの操作で画面を出すという点では実際にMSX3がどうなったはずであるかの目安にはなるだろう。

 

これらの拡張機器が出たことで、MSXでV9990の画面を使ったデモ、ゲーム制作などもほそぼそと行われている。

 

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シューティングゲームのOPデモ。

このゲームのプレイ画面が以下の動画。

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ただ、このゲーム、「オープンソースへ移行」と言う形でほぼ開発が停止してしまったようだ。

 

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こちらはGFX9000用に強化されたPowerBasicのデモ。BASICでこれだけぐりぐり画面動かせるとすごいなと思う。

 

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魔界村をほとんど完璧なかたちで移植できている。ただこれも未完成のようだ。

 

そもそももはや20年前に終わってるパソコンの特種な拡張カートリッジ用のソフトを開発しても商売になるわけじゃなかろうしねえ。

 

これらのデモを見て「ああすばらしい、あんなに綺麗にあんなに速く欠けもなく動くのか」と思うけど、我に返れば今の時代、目の前のWindowsマシンで確実にこれ以上の画面のゲームが動くわけで…というかMSXエミュレータにGFX9000のエミュレーションも実装されて、実機以上の速度で動く時点でなあ。

 

これが1990年代初期に予定通り出ていれば興奮しただろうなあと過去に思いを馳せてしまうわけである。