ろくでなし子さんの件から、表現の規制とかの話

ろくでなし子さんの逮捕が2014年7月12日だったが、たまたまその少し前、僕はこういうツイートを書いている。

 僕はエロ漫画家なので、性器とかも絵として「うーん、なかなかいいちんこ描けた」などとやってるわけだが、もちろん出版時にはモザイクなどで消されてしまう。それが法律なのでしょうがないのだが納得行かないモヤモヤした気持ちはどうしてもある。

 

もちろん「消されるのわかってるなら最初から性器とか描かなきゃいいじゃん」という意見もあると思うけど、やはりエロ漫画を描くからには性器やその結合も表現として描きたいし見せたいのだ。また、編集サイドからも、「作画時にポーズや障害物で見えないように描くような配慮はしないでほしい。こちらで現在許可されるギリギリを考慮して隠すから」というような事を言われたこともある。

 

まあそういう気持ちから冒頭のつぶやきにつながるわけだけど、この気持ってろくでなし子さんの主張と結構共通してる部分あると思うんだよね。

 

ところで、ろくでなし子さんが逮捕された理由は、自分の性器の3Dデータを有償で配布したということなのだけど、これについて「金取って無修正データ配布したんだから当然だ」という意見が結構あった。でもこれは別に「当然」と言えるほど明確な根拠はない。そもそも刑法175条には、わいせつな文書、図画その他を「有償」で配布するという条件はない。有償でも無償でもわいせつと認定されれば法律違反になる。ただし、警察が検挙するのは主に有償配布の場合なので、警察の基準として「有償のほうが悪質である」という認識があるのだろう。

 

で、無修正の性器の絵、写真、スキャンデータなどなら無条件でわいせつかというとそういうわけでもない。医学書や評価の定まった絵画、彫刻などは通常わいせつとはみなされない。もちろん「芸術的だからわいせつではない」と言うこともできない。芸術性とわいせつ性は独立して評価されることになっており、「芸術性はあるがわいせつでもある」として有罪になる可能性もある。まあ、「これは芸術です!」と言い張ってハードコアポルノを流通させるような、法律の抜け穴を使った、実質犯罪的な行為をさせないようにしたいという考えもあると思う。

 

問題の根本は「わいせつとはなんぞや」という部分が社会の常識という曖昧なものに支配されていることで、表現者の「ここまではOKだろう」という意識と警察や裁判所の意識が食い違う場合の明確な判断基準が裁判やるまでわからないということだろう。裁判におけるわいせつの基準は判例から次の三要件にまとめられている。

  1. 徒に性欲を刺激・興奮させること
  2. 普通人の正常な性的羞恥心を害すること
  3. 善良な性的道義観念に反すること

これ自体が極めて曖昧で、「じゃあ性器描いていいの?結合部は?」ってのがわからない。実際の所、この基準と運用ができあがってきた時代、わいせつ裁判の主役は映像ではなく文章だったので、モザイク修正の可否とかとはちょっと相性が悪いのだ。

モザイク修正に関してはアダルトビデオ登場の時代にはじまったもので、今はなきビデ倫の基準が日本での合法モザイクの範囲を決めていた。ビデ倫はアダルトビデオ業界が、警察OBの理事を招き入れて、自主規制の基準を作っていたわけだけど、ビデ倫審査を通さないインディー系AVが流行し、これらがモザイクをどんどん細かくしていったせいでビデ倫加盟メーカーの売上が落ち、対抗上ビデ倫がよりモザイクの細かい新基準を制定したところでわいせつ罪に問われ、ビデ倫消滅という事態に至った。この時期ビデ倫から警察出身者がいなくなったために狙われたとまことしやかに言われたものだ。

アニメ、ゲーム系に関してはソフ倫というよく似た自主規制組織があり、ここが1/100ルールを定めた。画面サイズが640×480ドット以下ならモザイクサイズ4ドット、それ以上なら長辺の1/100以上のモザイクをかけるというもの。これはDLsite他同人ダウンロードサイトなどにも採用され、ネット販売における標準的な規制ルールになっている。

 

漫画、小説などにおいては、出倫協という組織があるが、もともと紙の印刷物にモザイクをかけるという技術が出来る前の組織だし、出版の自由というのはかなり原初的な思想なので、「性器の消し基準」みたいな明確な統一基準は打ち出していない。漫画の消しに関しては、だいたい警視庁と個々の出版社の綱引きで決まってきたと言っていい。出倫協の規制らしい規制は、自治体で有害図書に年間5回もしくは連続3回指定された図書は注文がなければ配本しない、成人向けコミックにはマークを表示する、コンビニのエロ本はシール止めするといったところである。事前検閲的な規制を定めていないあたりに出版業界の挟持を感じなくもない。

 

で、総合的に、映像的な作品に対しての現在の警察の検挙の基準は「有償かどうか」と「無修正かどうか」というわりと単純なものになっている。これは現場の効率化という点でやむを得ないところもある。いちいち個々の作品に関して「これはわいせつ目的かどうか」「一般人の倫理観に反するかどうか」を細かく検討するのはそりゃ無理ってもんだ。30年前だったら「性器露出したらNG」ってのは普通に当たり前と思われただろう。1980年代とか、書店の芸術コーナーに置かれた春画研究書なんかでも局部は消されてたんだよ。デッサン資料のポーズ写真集は股間をエアブラシで塗りつぶしてたんだよ。もちろん陰毛なんてわいせつの極みで、エロ本編集は警視庁で「これは影です」って力説してたんだよ。陰毛がわいせつ基準だったせいで少女のわれめ丸見え写真集は神田の書泉グランデでバックナンバーコンプリートで平積み販売されてたけどな。

そもそも根本的にわいせつ罪ってさあ、「わいせつ」が犯罪って言ってるわけだけど、「わいせつ」って言葉は一般的にはもうちょっと広くて、「エロ」とほぼ同一でしょ。「エロ」すべてが犯罪なのか。エロの中のなにか特殊なすごく悪いものがあるのか、よくわからないよね。あなたがわいせつ図画頒布で逮捕されて裁判になったとしよう。「あなたの作品がわいせつだと思いますか?」って尋問されて「はい、わいせつです。エロエロです。僕は童貞諸君が抜かずにはおれないわいせつ作品を描いてます」って証言したとするじゃん。これ「有罪です。懲役か罰金払います」って言ってるのと同義だからね。刑法上の「わいせつ」は犯罪者と同義だから。

 

なんか変じゃない?