MTVとCNNがやってきた時代。庶民が「外国」に触れた1980年代

 1970年代まで、普通の日本人にとって外国は異世界だった。少なくとも1964年生まれの僕にとっては、外国というのはどこか彼方の、断絶した世界だった。いやもちろん当時も、もっと前の戦前も貿易で戦争を起こすほどに重要だったのだから、海外との交流はずーっとあったのだけど、庶民の日常に入ってくる「外国」というのは、事件や戦争のニュースで突発的に現れる窓の向こうの一瞬であり、ルーシー・ショーのような海外ドラマで描かれる日本とは違う演劇のような世界であって、「リアルな今」と感じられるものではなかった。

 

 アメリカのTV業界は、NBC、CBS、ABCの三大ネットワークが支配していたが、1980年代、ケーブルテレビが普及し、多チャンネル時代を迎えるとニュース専門のCNN、音楽専門のMTVが台頭する。80年代半ば、日本はまだNHKが衛星放送を始めた頃で、ケーブルテレビは主に難視聴地域向けの通常放送の配信にとどまっていた。この時代、アメリカで大流行していたCNN、MTVのコンテンツを地上波の30分~1時間程度の番組に編成して放送するということが行われた。毎週、もしくはウィークデーの毎日、リアルタイムの海外情報や文化が放送されることになる。時あたかもバブル前夜。庶民が豊かになり、外の世界に目を向ける機会を得たそのときに、夢の異世界に過ぎなかったアメリカ文化が津波のように押し寄せたのだ。この当時、この種の番組のパーソナリティに選ばれた帰国子女やハーフの、ネイティブ英語混じりの解説は当時の「オシャレ」を代表していた。やがて本格的なバブル景気の盛り上がり。庶民は当たり前のように海外にでかけ、CNNやMTVで見た文化を満喫する。近年の中国人が日本や欧米に大挙して押し寄せるアレが、まさに日本人によって行われたのだ。いやだってほら、初任給15万とかでボーナスもポンポン出て、残業もあるにはあったけどきちんと残業手当も出て、そういう時代にヨーロッパ10日間12万円とかのツアーが旅行雑誌に踊ってたんだぜ。そりゃ海外旅行するだろー。

 

 バブル崩壊後、現代に至るまでどんどん景気が悪化して、そんな余裕ある人は少なくなったけど、それまでの過程で海外が身近になったのは確かだ。そして現在、ブラック労働で海外旅行なんて夢のまた夢の人たちも、インターネットでリアルタイムの海外情報を得られている。これは日本にCNNやMTVがやってくるまではなかったものなのだ。世界が近くなったあの時代、今となっては一瞬の夢のようだったが、それでも時代の変化は今に伝えられているはずだ。

 

 この記事の最後に、80年代MTVで印象に残ったPV、ピーター・ガブリエルの「スレッジハマー」。ライオネル・リッチーの「ハロー」を貼っておく。ピーター・ガブリエルは、当時の音楽番組のキャスターがネイティブに「ピーター・ゲイブリエル」と発音していたのと、「ウォレスとグルミット」のアニメーターが担当したチキンダンスが印象的。ライオネル・リッチーの「ハロー」は、この一曲で見事な一本のドラマを描ききった傑作である。あの当時、ミュージックビデオはまるで映画のような大金と一流監督を起用して作成された。その究極がハリウッドのVFXを駆使したマイケルジャクソンの「スリラー」であるのは確かだが、それはあまりにメジャーなので貼らない。

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