RISC-VとPowerVR

 高額なライセンスが不要で、命令の拡張方法も用意されているオープンソースCPU命令セットアーキテクチャ(ISA)のRISC-Vは、今のところはIntelやARMの牙城、PCや高性能モバイル端末のメインとして使われるというよりも、組み込み向けのコントローラー用という位置づけだろう。ただ、ISAが最初から32ビット~128ビットの高性能CPUを念頭に設計されているので、環境さえ整えばスマホやデスクトップPC、インターネットサーバーなどにも使いやすいはず。GCCなどもとっくに対応済みで、RISC-Vの開発環境も整っているし、Linuxの移植はとうに済んでいる。しかし検索してみるとわかるが、RISC-VでのLinux動作記事なんかは、みんなシリアルコンソールで動いており、GUIデスクトップ動作している記事は一つだけ。それも動画で動いているところを見せているものはなく、静止画で画面を映しているだけである。
abopen.com

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RISC-VデスクトップPC動作画面

 この記事では、市販のビデオカードを使うためにRISC-V評価ボードにPCIeスイッチング用のASICを搭載した拡張ボードを接続して動かしましたという感じで、なんというか余計な手間と費用が半端ない感じだ。PC用ビデオカードは、つまりPCのマザーボードで動くのが普通であり、RISC-V用のPC形式マザーボードなんてないから大変なんである。ARMはどうかというと、こちらはSoCとして、チップにGPUを含めた形が多い。Raspberry piなんかは、BroadcomのSoCを使っていて、これはVideoCoreというGPUを内蔵している。NVidiaが作ってるARM SoCの場合はもちろんGeForceの縮小版みたいなのが内蔵されてるし、AppleもA11で自社製GPUを内蔵している。なお、自社でGPUを調達できないメーカーは、ARMが提供するMaliというGPUが使える。なんかメーカーごとにバラバラだけど、ARM系のビデオは基本OpenGLなので、画面出力APIはだいたい同じなのでいいのだ。

 で、RISC-Vだが、これはあくまで「CPU」部分だけの規格であり、少なくともいまのところGPUの仕様なんかは一切作っていない。それではいつまでたってもスマホやパソコンみたいな応用には結びつかない。まあRISC-Vはそもそも大学の研究テーマだし、そういうのもありかなと思うのだけど、その大学(UCB)からスピンアウトして実際のチップをいち早く作って販売しているメーカー、SiFiveは大学じゃなくて会社だから、RISC-Vの技術を現実のSoCにするためにいろいろやってるわけで、無償で使えるISAだけではSoCは作れないから、周辺インターフェースのIPを所有する会社を説得して、SoC作るためのライセンス交渉をウチがやります。作りたいSoCのデザイン持ち込んでくれればうちがまとめてライセンス交渉しますよという商売を始める。そこにGPUメーカーとして参加したのがイマジネーションテクノロジーズである。この会社、PowerVRというGPUを作ってるのだけど、これ、聞いたことないだろうか。
riscv.org


 僕くらいの年代だと、PowerVRって、セガドリームキャストが採用した3Dチップなんである。「PowerVR、生きとったんかワレ!!」って萬画太郎の絵で驚くような感覚である。
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 細かく言うと、PowerVRは、もともとPC用の3Dアクセラレーターとして作られたのだけど、最初は本当に3Dしかできなかったので、2Dのグラボと二枚刺ししないといけなくて、PC用としては全然普及しなかったんだよね。その後ドリキャスで使われて、セガがこけた後は、ARMのCPUと組み合わせるGPUとしてずーっとやってきたらしい。PowerVRは、3D表示でメモリを節約することに特化してたので、モバイル用に相性がよかった。ところが、ARMが自社製GPUのMaliを作り出したり、Appleが「お前に支払うライセンス料はねえ!」と自社GPU開発して、かなり追い詰められてるっぽい。一時期会社を買ってくれる人募集とかしていたみたい。そんなイマジネーションが、RISC-Vと組んで復活できるのか。なかなか注目に値すると思うのだけどどうだろうか…

次世代MSXについて現在明かされていること

 前回書いた次世代MSXだが、西和彦氏が言ってるだけではないかと思うかもしれない。しかしD4エンタープライズ代表取締役鈴木直人氏がインタビューに答えている。
igcc.jp

鈴木 実は今「1 chip MSX」の次の構想があり、D4と西さんとで設計をしている最中です。2019年内には、具体的な次のMSXハードを提案できると思います。

――ビッグニュースですね! 復刻してくださいという声は多かったと思うんですが、それが叶うということですね。

鈴木 形自体はまったく別ですし、アーキテクチャもちょっと違うんですけども、かなり「えっ!?」と言わせるハードウェアを提案できるかと思います。プロジェクトEGGも初動から連動するような仕様で今、動いています。

https://igcc.jp/d4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BA2/

 西和彦氏のサイトでの記述は以下の通り。

#143 次世代MSXとIoT MSX
2018-08-07
次世代のMSXを開発している。CPUはARMとR800FPGAの上で何にでもプログラムできるハードウェアでRaspberry Piと同じ大きさの基盤にした。年内に発表したいと思っている。名前は未定。

IoTの分野とMSXとの接点は、ワンチップでMSXと無線通信機能を一体化した5ミリ角のシリコンチップのダイを開発中である。来年の秋ぐらいまでに発表したい。組込用のコントローラーとして。

#144 次世代MSXとIoT MSX その2
2018-08-28
次世代MSXについて書いたらかなりの反響だったので、もう少し詳しく書くことにしたい。Raspberry Piの大きさで、電源はAC48V。基板の上にAC-DCコンバーター搭載して、USB3.0の電源供給もカバー。ザイリンクスのPGAを搭載。EthernetWiFiBluetoothUSB3.0。100ピン多目的Busコネクター。基板を64枚スタックするとマルチプロセッサーになる。OSはWindows10、LinuxMSX OS(MSX DOSの進化形)。FPGAソースコードはオープンにする。LinuxMSX OSもソースコードはオープンにする。オンラインのグループウェアを提供。情報交換と情報公開のプラットフォームにする。D4E社に協賛してもらってゲームソフトウェアを安価に提供の予定。Cコンパイラを調整中。MSX BASICライセンス予定。CPUはARMとR800

http://nishi.org/

 西氏が作っているのは2種類。次世代MSXとIoT MSXである。IoT MSXは組み込み用のチップであって、パソコンとは別物だ。問題は次世代MSXの方である。この文章はあえて曖昧にしているのかもしれないが、どうも実態がよくわからない。CPUはARMとR800とあるが、これをザイリンクスのFPGA上にすべて記述するのか、それともCPUは普通に作られたものを搭載して、それとは別にFPGAを搭載するのか。どうもFPGA上にCPUコアを載せてしまうように読めるのだがどうだろうか。少しあとの方のコラムに、MSXの事とは明示されていないが以下の記述がある。

#263 35ドルのコンピュータのこれから
2019-06-11
大ヒットとなった英国のワンボードコンピューター、ラズベリーPiの後を追って類似の商品がたくさん出てきた。ARMのCPUの数が現行は4つであるが、これが増えたものが1つの方向。もう一つはCPUがARMではなくx86でフルWindowsが動くものもある。私はこれが大好きだ。では、東大のラボで何を作るのか。私が今作っているのは巨大なFPGAを搭載し、高速のBUS構造を持ったアーキテクチャをソフトウェアでプログラミングできるワンボードコンピューターを設計している。年内に発表し、試作品を世界中に届けたい。東大の生協と楽天と、amazonで。

http://nishi.org/

 この「巨大なFPGAを搭載し、高速のBUS構造を持ったアーキテクチャをソフトウェアでプログラミングできるワンボードコンピューター」が次世代MSXではないかと思われる。Windows 10を動かすようなARMコアをR800とともに乗せるなら、「巨大なFPGA」を使うのもわかる。D4Eの鈴木氏が「2019年内に」と言っている事とも符合する。

 とにかく、次世代MSXは、ラズパイサイズでFPGAを使った、64枚スタックできる基板ということになる。(64枚スタックするとマルチプロセッサになるという意味がよくわからない。64枚ないとマルチプロセッサにならないのだろうか??)また、基板をスタックするということは、基板上にはMSXのカートリッジスロットは配置されないのだろうか。いやラズパイサイズだったら多分載せるスペースが足らないだろうけど。

 あとVDPについて何も語っていないのが気になる。今CPUやOSまで変えてV9958でもあるまい。V9990でもたかだかVGA解像度、しかもインターレースモードである。単に昔のMSXシリーズの再現ならそれでいいとしても、今の時代にわざわざ次世代として発表するならフルHD対応は最低限、下手すると4Kくらいは期待されるのではないか。ただ、D4Eを通して旧作ゲームの配信を考えているようなので、V9958互換機能は必須になるだろう。あるいは旧作ゲームはARM上で動くWindowsLinuxでのエミュレーションになるのかもしれない。D4EのプロジェクトEGGはそもそもエミュレーションで動いているし。搭載するARMが、実チップであるかFPGA上のIPコアであるかはさておき、それがラズパイと同様にGPUのVideoCoreまで搭載しているなら、V9958エミュレーションくらいは楽にこなせるはずだ。

 この考えが正しければ、カートリッジスロットはなし。旧作ゲームは配信で遊ぶ。新MSXとしての機能は旧MSXとの互換性が低いか、もしかしたらほとんどないかもしれない。旧MSX-DOSソフトは機種ごとにグラフィック環境がバラバラだった時代のCP/MMS-DOSのように、テキストを使うものくらいしか動かないかも。メモリーマッパーなんかも廃止されてR800MMUを使うかもしれない(R800は内蔵MMUで16MBまで使えたはず。turbo Rでは互換性のためにこの機能は使われなかった)。そもそもZ80を載せないのであれば、R800Z80に比べて高速であるだけで非互換性が出てしまう。MSX2+までZ80 3.58MHzで固定だったため、アクションゲームなどは実時間で制御していないものが大半だろう。だからturbo RではZ80R800を切り替えて使っていたわけで。そこまでいくと「どこがMSXなんだろう」となるかもしれないけど。

MSXの中古価格が偉い高騰している&次世代MSX

近年、8ビット時代のレトロパソコンが人気だ。その流れで、MSXの中古価格が偉いことになっている。30年前の新品価格並で売られていることがある。MSX最終規格、turbo RのPanasonic FS-A1STが不具合有りで8万円とかそんな感じ。こないだなんてアマゾンでMSX1のSONY HB-101が87500円で売られていた。

8ビットパソコンは、日立、シャープ、NEC富士通が先行して殆どのシェアを握り、参入が遅れたメーカーはなかなか入り込めなかった。そこでマイクロソフトアスキーが共通企画としてMSXを提唱し、家電メーカーが我先に参入することになる。比較的低価格でゲーム向けのパソコン規格になったので、各社からかなりの数が販売された。ただゲーム機としては性能でファミコンに負けていたし、表現力を増したMSX2MSX2+MSX turbo Rといった後継規格が出るたびに対応メーカーが減り続ける。MSX2で色数とか増しても、性能が変わらなかったので多色モードを使うと遅くなるし、コナミなんかはかなり末期までシューティングゲームはMSX1の規格で作り続けていた。あとの規格になるほどメーカーも台数も少なくなるので、どれでも動く最初のMSX1に合わせてゲームが作られていたわけだ。まして時代は16ビットパソコンがあたりまえになる1990年。この年発表されたMSX turbo Rに対応する機種は、とうとうパナソニック一社からしか発売されなかった。

そんなこんなで、10年くらい前まで、MSXは中古パソコン市場なんかでも見向きもされない。ハードオフでジャンクコーナーに1000円で投げ売りされるようなものだったのだ。

ちなみに僕は1986年に29800円という激安価格で発売された、MSX2のFS-A1を買った。この機種は一体型でFDDもなかったので、外付けFDDとRGBモニターをセットで買ったら、合計で約10万円になって「くそ」と思った記憶がある。なお、このパソコンのイメージキャラクターは、なんかマッチョでむさ苦しいアシュギーネという親父だった。
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このパソコン使ってたころ、アスキーが運営していたパソコン通信のASCII NETから、MSXのユーザー向けのMSX NETを独立させるという話が出て、南青山のASCIIに呼び出された。MSX NETのCOMIC SIGのSIGOPやってくれないかという話で、引き受けるならSONYのセパレート型MSX2。HB-F500を貸与するという。
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もちろん引き受けましたよ。その後ASCII NETはASCII NET PCSに、MSX NETはASCII NET MSXに名前が変わり、やがてパソコン通信サービス自体を終了。貸与されたHB-F500は返せと言われることもなく引っ越しするたび持っていったのだけど、押し入れにしまわれて、最終的に廃棄しました。最初に自分で買った29800円のFS-A1もとっくに捨てた。こいつらいまでも持ってたら、合計10万円以上で売れたんじゃねえかなあ。捨てるまで故障もしなかったし。

MSXは21世紀が始まる頃にはほぼ無価値のジャンクに成り果てていた。しかしこの安いパソコンでゲームをして、プログラミングを学んだ世代が忘れずに大人になって、2006年の1チップMSXに結実する。これ、MSXの生みの親、西和彦氏が結構乗り気で規格承認して推し進めたんだけど、当時思ったほど予約注文集まらなくて、西さんうっちゃったんだよね。でもいざ売り出されたら即座に5000個完売。こういうのに需要があるというのが浮き彫りになった。

その後レトロゲームやレトロPCはFPGAでロジック構築する流れから、Raspberry piのようなSoCボードでエミュレーションするほうが簡単という流れになる。任天堂ファミコンスーファミのエミュ機を出す。HAL研がMZ-80やPC-8001のエミュ機を出す。だから、次にMSX公式の機械が出るなら、やっぱソフトウェアエミュレーターになると思ったのだけど、どうも西和彦氏は違うことを考えているようだ。

nishi.org
コラムの#143,#144に次世代MSX開発中という話が出ている。FPGAで、ARMとR800を実装するらしい。OSはWindows 10、LinuxMSX OS(MSX DOSの進化系)とのこと。
これはもうMSXの再現ではないだろう。turbo Rは互換性のためにZ80R800を切り替えていた。ARMとR800では、旧MSXシリーズとの互換性を切り捨てたと思える。MSXWindowsLinuxは必要なのか。ほんとうに次世代MSXを作る気なのだろうか。そもそもLinuxWindowsが動くARMコアをR800とともに載せられるFPGAマシンって、リーズナブルな値段で作れるのか?

2019年中にも発表されると言われている次世代MSX。いったいどんなものになるのか楽しみなような不安なような。

米中対立がRISC-V開発を促してるのだろうか。

 RISC CPUの元祖はIBMの801かもしれないが、MIPSやARMに繋がる現代の多くのRISCアーキテクチャの大本はカリフォルニア大学バークレイ校のBerkeley RISCだろう。
 RISC-VのVは「ファイブ」であり、バークレイ校で作られた5番目のRISC命令仕様だ。この仕様はオープンソース化され、RISC-Vファウンデーションに移管されて普及を目指している。仕様がオープンであるため、この命令セットのCPUを誰が作ってもライセンス料などは発生しない。主にその要因で結構注目を集めているし、多くの企業や組織がRISC-Vファウンデーションに参加、なんらかの商品化を目指している。とはいえ、RISC-Vのいい点はなにもオープンであることだけではない。

 既存のCPUは、x86にしてもARMにしても、長い年月の積み重ねで命令数は増加し、回路は複雑化している。ARMも64bitモードの命令セットはそれ以前のものと大きく変わってしまっている。互換性を保ちつつ高性能化するためにはそういう変化は避けられない。既存の主流CPUは、16ビットや32ビットの頃に基本設計がなされたものなので、互換性を保ったまま64ビットの時代に対応するのが難しかったのだ。RISC-Vは最初から32,64,128ビットでの使用を考えて設計されている。128ビットの仕様の詳細はいまだ決定されていないが、命令の拡張をあらかじめ決めてあるので、おかしなことになる見込みは少ない。

 組み込みのマイクロコントローラから、HPCまで広くカバーするように設計されており、命令数も整数用の最小限のものから、単精度、倍精度実数、MMU関連などをオプションで設定しており、メーカーが独自の命令を追加する余地もきちんとある。BSDライセンスなので、そもそも勝手に拡張してもかまわない。まっさきに採用をアナウンスしたのがハードディスクやSSDを作っているWDであり、組み込み用途としてのものであったのもうなずける。現代のコンピューター周辺機器は基本インテリジェントなものであり、内部にCPUを持っている。こういう部分に使う比較的小規模で、特定用途のCPUというのは、WDのようなメーカーなら機器のために必要な命令を追加した自社製のものを使いたいということがあるだろう。これをARMやIntelに言ってライセンスをもらうというのはあまり現実的ではない。ただ、組み込み用マイクロコントローラだけに使うには、RISC-Vの仕様全体は大きい。小さくもできるがそれだけではないわけで。スマホやパソコン、スパコンまでサポートする気満々なのである。この分野はARMやIntelの牙城であり、そうそうシェアを奪えるものではない。なお、日本の場合かつての大手半導体メーカーがCPUジャンルを統合したルネサスが各種コントローラーを作っていることもあり、日本企業のRISC-Vへの注目は組み込み向け含めてもなかなか出てこなかった。

 RISC-Vファウンデーションが決めているのは、命令セットであり、具体的なCPUの設計ではない。ハードウェア記述言語で作成したリファレンス実装はあるし、関係者が起業したSiFiveが実際に動作するCPUを販売しているが、あくまで初期開発ボード的な商品でしかない。また、ARMのようにGPUを統合してそこそこ高性能な3Dグラフィックまでこなすものは出てきていない。要するにスマホやパソコン用としてはいまだ使い勝手の良くない初期段階という感じだった。最近までは。

 米国トランプ政権が中国を危険視し、ITジャンルでの各種規制を強めた結果、ARMやGoogleの最新技術を一時的にも得られなくなるかもしれなくなった中国だが、その途端雨後の筍のようにRISC-V関連の発表や商品化が相次いでいる。
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 以前から中国企業が多数RISC-Vファウンデーションに参加していたので、たまたま今の時期にその成果が出てきたのかもしれないのだけど、米中対立がこれらの発表を急がせたという部分はあるのじゃないかなあ。その結果、こんな面白そうなガジェットが入手できるようになっていたりする。
fabcross.jp
64ビットRISC-V2コアにニューラルネットワークアクセラレータを内蔵したCPUを搭載したカメラ付きの小さなアイテム。3000円くらいでこんなの買えるんだぜ。

 少なくとも、MIPSIBMのPOWERアーキテクチャがオープン化するなんて話が出てくるのは、RISC-Vが人気だからだろう。ちょっと前までの日本では、RISC-Vといっても「どうせオープンってもハードウェアはソフトみたいにはいかないぜ、IntelやARMがある以上どうにもならん」って感じだったと思うのだけど、無視できない勢力になりつつあると思う。

怪傑?快傑?

怪傑という言葉がある。goo辞書によると
dictionary.goo.ne.jp
非常にすぐれた力を持つ不思議な人物。
となっている。
怪傑ゾロとか怪傑黒頭巾とか、怪傑ライオン丸とか、怪傑ゾロリとか。いろいろな作品タイトルになっている…ちょっと待て?

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ライオン丸は「怪傑」じゃなくて「快傑」じゃないか。不思議、あやしいを意味する「怪」じゃなくて、ここちいい、スカッとする方の「快」じゃないか。「傑」は「傑作」「傑物」の「傑」であり、文字通り優れたものを表す。つまり「快傑」なら胸がすくような優れた人物であって、不思議でも怪しくもないことになる。ではゾロは?黒頭巾は?

時系列で言うなら、黒頭巾の前にゾロがある。1919年に書かれた小説が、1920年に映画化され世界的大ヒット。このときの邦題は「奇傑ゾロ」怪傑でも快傑でもない。ただ、「奇」はあやしい意味を含むので、「怪傑」に近いかも知れない。だが、1935年に「快傑黒頭巾」が書かれ、1937年以降、ゾロの何度かの映画化の際、邦題が「快傑ゾロ」になっている。つまり、ある種のヒーローにつける冠としての「かいけつ」は「快傑」が最初であり、それは「快傑黒頭巾」が元祖であったといってもいいのではないかと思う。
怪傑ゾロ - Wikipedia

これがその後、1972年の「快傑ライオン丸」まで定着し続けたと思われる。では怪しい方の「怪傑」はどこから産まれたのだろう。

金太の大冒険」で有名なコミックソング歌手、つボイノリオが1976年に「怪傑黒頭巾」という曲を発表している。これはシモネタソングであって、タイトル自体が一種のパロディと言えるので、ここであえて「快傑」を「怪傑」に置き換えたのではないか。するとシモネタでもパロディでもない作品でヒーローに「怪傑」とつけるのは単に間違いではないだろうか。というか、「怪傑」はそもそもパロディ用語であってつボイノリオの一発ギャグでしかないという可能性が浮かぶ。


ちなみに、ゾロリはゾロのパロディだが、表記は「かいけつ」であって、実は漢字表記されていない。彼はもともとは「ほうれんそうマン」というシリーズの適役であったが、のちにスピンオフとして主役になった。

結論として、「怪傑」はつボイノリオの曲名にのみ存在し、一般的には使われない単語である。goo辞書の記述は間違いもしくは敷衍した誤解ではないかと思われる。

玉音放送のあとの解説放送はドラマで再現されないのだろうか

 昭和20年8月15日正午の玉音放送終戦を象徴するものとして数々のドラマでも流されてきたが、録音された昭和天皇詔勅部分だけを流し、登場人物が終戦をしるという形になっている。ただ、あの終戦詔勅というものは、当時の国民の殆どが聞いたことのなかった天皇陛下の肉声であり、また、独特の文語調の朗読であるため、あれだけを聞かされたとしたら、正直一発で理解できない人が多かったと思うのだが、大概のドラマではラジオの前で主人公が「戦争が終わった」と即座に理解するものだ。

 実際の放送は、正午に天皇陛下の録音を流した後、NHKのアナウンサーがあらためて詔勅を朗読、続いて鈴木貫太郎首相の内閣告諭、終戦決定の御前会議の内容報道、ポツダム宣言受け入れの説明、これまでソ連を通じて和平工作を行っていた事実といったかなり突っ込んだ内容が放送されたらしい。その後、映画「日本のいちばん長い日」で描かれたような8月9日から14日までの重要会議の内容を「緊張の一週間」と第して放送したらしい。ここまで聞けばそりゃあ聴取者は「あ、日本が負けたんだ」とその過程を含めて理解できる。というか、冒頭の天皇詔勅なんか忘れてしまうくらい濃い放送がなされた模様だ。

 残念ながら、昭和20年当時は、磁気テープのような録音装置はなく、使い勝手の悪いレコード板への直接録音しかできなかったわけで、前夜に録音された天皇陛下詔勅以外の部分は放送時に録音されてはいなかった。というか、放送を残すということが当時はまだ一般に行われていない。なので、当時を再現するなら音源が残っている玉音部分以外は各種記録から組み立てて録音し直す必要があるのだが。ドラマ等では別に新録で作ってもいいと思うんだよな。なんかもう、8月15日といえばノイズまじりの「耐え難きを…耐え、忍び難きを…忍び」流すパターンじゃん。そのあとも流そうよ。どんな放送がされたのか、各種記録から再構築してやってくれたらすごく興味深いと思うのだ。

宗教的歴史を実証しようとする科学は眉に唾つけて読む

 わりと何年かに一度、西欧発の「ノアの箱舟発見」とか「紅海が割れる可能性実証」とか「神が放浪イスラエル人に与えたマナの正体は」みたいな記事が新聞やネットに流れてくることがあるのだけど、あれらは基本真面目に受け取らないほうがいいと思う。

 ノアの箱舟はそもそも史実とはみなせない。ギルガメッシュ叙事詩のパクリだし。実際方舟発見のニュースは定期的に流れるが、その後すべてうやむやになっている。

 紅海が割れる可能性について、モーセがエジプトから数十万人のユダヤ人奴隷を脱出させたときに、紅海を割って歩いて渡ったとされているのだが、これを干潮時に強い風が吹けば海底が露出する可能性があるなどと発表されることがままある。ただ、そもそも文献が大量に残っているエジプトに、「ユダヤ人が大量脱走したので軍で追いかけた」みたいな記述が一切残されておらず。史実としては非常に疑わしい。カナンの遊牧ユダヤ人たちの一部に「自分たちはモーセという指導者に従ってエジプトからやってきた」というくらいの伝承があったかもしれないが、何十万人もの集団ではなかったろうし、少人数で移動し、軍に追いかけられてもいなかったとするなら、普通に陸路で移動したであろう。

 旧約聖書によれば、モーセに従った数十万人のユダヤ人は、エジプトから脱出後、カナンの地に定住するまで実に40年もうろうろ旅を続けたことになっている。小松左京の「復活の日」で、ワシントンから南米南端まで徒歩で縦断した主人公が6年で踏破しているのと比べて、いくらなんでも長すぎであるが、この間荒野でテント生活するユダヤ人に神がもたらした食料が「マナ」である。朝地面にいっぱい落ちてて、自分たちが消費する文だけ拾って食べたことになっている。多くとっても一日で腐っちゃうので無意味なのだ。なお、安息日は神が休むのでマナは振らなかったのだが、安息日の前日には二倍収穫しても腐らなかったのでOKだったらしい。なんとも都合のいい代物だ。これは「パン」とも言われるが、甘くてサクサクしたウェハースみたいなものだったらしい。で、このマナは実際なんだったのか、りんごだとかキノコだとかいろんな説が大真面目に唱えられているのだけど、紀元前1200年とかそんな時代の伝承である。しかも現代に伝わる伝承は、一度ユダヤ王国が滅ぼされて新バビロニアの地でメソポタミアの神話の影響を受けながら創世記から執筆し直した結果の記述であるわけで、そんなもの神話でしかない。着の身着のまま数十万人で大量脱出して、約束の地に定住するまで荒野を40年もさまよったことになってるから、食料をどうしたのか説明付けなきゃいけなくなって神の恩寵を挿入したわけで、本当に毎朝マナなるサクサクの甘いものが降って湧いたわけがないだろう。

 ちなみに旧約聖書冒頭のモーセ五書は、伝統的にモーセが執筆したとされていたが、その最後はモーセが死ぬシーンが描かれているので、それだけでモーセの作品でないことがあきらかである。ドキュメンタリーと宣伝されたモンド映画「食人族」で最後に全員の死体を写しているカメラマンは誰だみたいな話である。

 モーセの死後、指導者の地位を引き継いだヨシュアは、ユダヤ人を率いてカナンの地を侵略、あちこちの都市を攻め滅ぼす。そりゃもう男は皆殺し、女は犯す勢いで悪逆非道の限りを尽くすが、神の命令なので全部正しいのだ。ヨシュアがラッパを吹きながらエリコの周りをぐるぐる回ったら神の力で城壁が崩れ、戦争に勝つことができたとなってるのだけど、エリコの城壁はユダヤ人がやってきたとされる時代のさらに1000年くらい前に崩れていて、実は無人の廃墟だったらしい。よかった、虐殺はなかったんだ(おい)。

 ユダヤ人の祖先はアブラハムとなっていて、この人はウルからカナンに来て、この地で一旦後のユダヤ人の祖先が増えるのだけど、いつの間にかエジプトでユダヤ人は奴隷になっている。それをモーセが数十万人の大脱出でカナンに導くストーリーになってるので、アブラハムの子孫はカナンに定着していなかったように描かれている。だってエジプト出身ユダヤ人たちがカナンの人たちを全部神敵として滅ぼすからね。実際はそこいらで遊牧生活していた、ある程度祖先神話を共有する部族たちが徐々にまとまって、最終的に建国したのだろう。アブラハムを祖とする部族、イサクを祖とする部族、ヤコブを祖とする部族。そこにモーセを祖とするどちらかというと新参部族が合流して、「おおあんたらの神はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神ってのか、いや実はそれはな、ヤハウェといってすげえんだぜ」と吹き込んだのではないかと思われる。そう考えると数十万人で紅海を渡り、マナを食いながらラッパ吹いて城壁を崩す必要もなかったろう。紅海は割れなかったし、マナなんてなかった。それでいいんじゃねえのかな。