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宇宙戦艦ヤマト2199のすごい所と残念なところ

宇宙戦艦ヤマト2199は、初代宇宙戦艦ヤマトのリメイクアニメなのだが、1974年放送の初代にはなかった展開を多く含んでいる。それらのいくつかは、初代の企画段階でやるはずだったプロットを拾い上げたものだったりする。ヤマト艦内での反乱や、デスラーの暗殺騒ぎなんかがそれだったと思う。ただし、なぜそれらが初代の放送時にカットされたかというと、最初の企画が52話。放送決定時39話。放送開始したら視聴率が低く、話数短縮され実際の放送話数が26話と、どんどん話数が削られた結果なのだ。ヤマト2199は26話で初代と同じ話数である。同じ話数でカットされた話を入れ込むのだから、余裕がなくなる。70年代と現代では望まれるテンポも違うので、昔より詰め込むのは正しい判断だが、どうしても省略される「間」とか「雰囲気」が出てきてしまう。こういう部分が「恐怖」「不安」「絶望」といったものを担っていたわけで、テンポが速くなったことでそれらの感情作用がオミットされた部分はあると思う。さらに、ヤマトIIIのシャルバート星の過去をイスカンダルに移植したり、同じくIIIで登場した次元潜航艇のガルマンウルフことフラーケンを主要なキャラに採用したり、なおさら詰め込んでいる。脇役だがさらばとIIのガトランティスも登場している。

 

ヤマトが作られ、伝説になり、各種資料が発掘され、表も裏も掘り尽くされた。だからこそ最大限に「ヤマト」を詰め込んだ2199はすばらしい。ヤマトファンならあの作品のあらゆる部分で「おー、こう来たか!」「あーこれ入れたんだ」「すげー」って感動するんだよ。

 

今の時代にヤマトを作るメインスタッフはほぼ間違いなく子供の頃ヤマトファンだったのだ。キムタクの実写ヤマトだって2199だってそう。みんな自分なりの「ヤマト」を再現したくて作る。だから同じ立場で視聴するこちらは「おおー」と感動するしかないのだ。実写ヤマトは、実写で今作るなら、顔の青い日本人をガミラスと言い張るのは無理があったから当然ああなった。今の時代に実写で、地球人と全く同じ容姿の異星人を出すのはさすがに無理があるのだ。だからあれはあれで正しいのだ。

 

では2199の肌色が違うだけの異星人は良いのかといえば、アニメならまだそれが通じるとしか言いようがない。ついでに言わせてもらうと、2199では古代アケーリアス文明が設定されていて、星間ゲートを作った文明とされており、さらにあらゆるヒューマノイドの遺伝子の源とされている。これは昔のヤマト完結編の回遊水惑星アクエリアスと相同なのだけど、アクエリアスが生命の起源、単細胞生物のDNAを供給したのに比べ、アケーリアスはもっと近い「人類の遺伝子」を担っていたっぽい。このへんはね。SF業界ではJ.P.ホーガンの「星を継ぐ者」発表以降、逃げ場を塞がれてしまっているのだよ。単細胞生物の時点で同じ起源を持っていたと言うだけでは、同じ類人猿になりようがない。同じなら比較的近い時代、ホモサピエンス発生の時代に別れていないといけないという制限が課せられた。初代ヤマトの1974年にはまだJ.Pホーガンは小説発表してなかったのでしょうがない。

 

そういう前提で、今の時代に作られたヤマト2199は、昔のヤマトファンがどうしても大好きにならざるをえないところまで作り込まれたすごいアニメなのだ。それでも不満点は残ってしまう。それは後の時代に作り直しているからしょうがないことではあるのだけど。

 

初代ヤマトは、もう後がない地球、ヤマトが間に合うのかわからないという点を常に強調していた。特に前半毎回「人類滅亡まであと何日」と強調し、恐怖を煽っていた。イスカンダルの技術を移転したことでヤマトは前半無双するのだが、常にギリギリの勝利を得、なにか一つ間違ったら負ける恐怖を煽っていた。火星までの最初の短距離ワープだけで艦体を損傷するほどのダメージを得たり、木星の浮遊大陸を破壊する波動砲を使った後、冥王星波動砲より強力な反射衛星砲に何度も撃たれたり、常にギリギリ感を出していた。

 

ドメル将軍が登場してからはむしろ勝てたのは敵の社会的な瑕疵のせいみたいな勢いだった。後半ヤマトが勝ち続けたのはデスラーがアホだったせいだ。そう、後に誇り高い好敵手、さらには頼りになる同盟者になるデスラーだが、第一作ではひたすらええカッこしいでヤマトを倒す機会を自ら葬りさる無能君主だった。

 

七色星団の決戦において、ドメルはヤマトに万全の体制でのぞみ、ヤマトの方は本当になんで沈まなかったのがわからないくらいに追い詰められる。瞬間物質移送器による戦闘爆撃機の波状攻撃に、ヤマトは全くても足も出なかった。戦闘機、急降下爆撃機の連続攻撃に振り回されて一切有効な手を打てなかったあと、一息ついて気の緩んだヤマトの正面にドリルミサイルを搭載した超大型爆撃機ワープアウトした瞬間。みな驚愕に囚われ、森雪は恐怖のあまり床にへたり込む。あの絶望感はすごい。残念ながら、2199ではあの絶望感を表現できていなかった。

 

その後ドリルミサイルを反転させてドメル艦体を殲滅した後も、旧作では艦艇にとりついたドメルが自爆を敢行するその瞬間。沖田艦長が艦艇部の乗組員に即座の避難勧告、乗組員が本当に慌ててハシゴを登るが自爆に巻き込まれる。ヤマトの艦底がごっそり破壊される大被害を被ることになるのだが、2199では波動防壁の修復に成功してドメル自爆による人的被害なしになるため、あの自爆から逃げようとする恐怖がほんとに薄まってしまっていた。

 

旧作の無理や無茶を、ある程度納得できる設定にまとめ上げたのはすごいのだけど、そのためにどうしても緊張感が薄れてしまったのだよなあ。