フルアニメーションとリミテッドアニメーション

動画サイトなどで戦前のアメリカ製アニメーション作品などが上がってると「戦前にこんなぬるぬる動くアニメ作ってたなんて」みたいなコメントがつくことがあるが、実際の所、戦前のアニメーションはほとんどすべて、日本の作品も含めてぬるぬる動くのである。

 

フィルムアニメーションの本当の元祖は曖昧なのだが、有名なのはウィンザー・マッケイによる「リトルニモ」と「恐竜ガーティ」である。


Little Nemo (1911) aka Winsor McCay, the Famous Cartoonist of the N.Y. Herald and His Moving Comics - YouTube


Gertie the Dinosaur (1914) - 1st Keyframe Animation - Winsor McCay - YouTube

 

リトルニモは、そもそもウィンザー・マッケイが新聞に連載していた有名なマンガであり、これを動画にしてみせると友人たちと賭けをして苦労の末完成させるという形式になっている。映画が発明されて間もないこの時代、このようなアニメーションは一種の演芸として、ボードビルショーという舞台の延長として公開されていたのだ。ついでに、リトルニモがカラーなのは、完成したフィルムに一コマづつ手で着色するというどえらい作業をしている。

 

このころ、ごく自然に絵の一枚=フィルムの一コマとして作成されており、今で言うフルアニメーションだったのだ。このあと、アニメーション制作会社が多数生まれ、ウォルト・ディズニーが幸せうさぎのオズワルドの権利を奪われてやむなくミッキーマウスを作るなどの様々な事件が起こるが、ずっとアニメーションは当然のように24fpsで作られ続けた。ただ、この頃はせいぜい10分程度の短編が主流だったのだが、ディズニーが白雪姫を制作し、膨大な手間をかけた長編アニメーションの時代に突入する。


Disney's "Snow White and the Seven Dwarfs" - I'm Wishing/One Song - YouTube

 

鳩が別々に滑らかに動く様もすばらしい。モブは止め絵なんてことはない。

ディズニーにしても白雪姫の制作は無謀とされていたのだが、結果大ヒットとなり制作費も回収できた。ただ、その後さらなる技術革新を導入したピノキオや、ファンタジアの膨大な制作費は、回収に何十年もかかるというすさまじい代物になってしまう。


ウォルト・ディズニー-ピノキオ(Pinocchio) Part1 - YouTube

ピノキオ用に新開発されたマルチプレーンカメラを駆使した朝のシーンは鳥肌が立つ。今の若い人なら、CGのない時代にどうやって撮影したのか驚くのではないだろうか。

 

戦後日本の東映政岡憲三らの日本動画を吸収し、「東洋のディズニー」を目指して東映動画を設立する。新人も募集し、大塚康生ら多数のアニメーターを養成しながら「白蛇伝」を作成する。

 

見て分かる通り24fpsのフルアニメーションである。初期の東映動画劇場作品は大量の人員と予算をかけて作られていた。ただ、その後TV時代になると映画全体が斜陽化し、潤沢な予算をかけられなくなっていく。

 

アメリカでもかつてMGMでトムとジェリーを作っていたハンナ・バーベラがTV用に早く安くできるリミテットアニメーションを導入する。絵柄の単純化、背景モブの削減、足だけがちょこまか動き、上半身が固定された走り、アップの多様、同じ動きを再利用するバンクなどで作業を単純化していたのだ。しかしアメリカでは、秒間コマ数を減らすという方法は基本的に採用されなかった。


The Flintstones Meet The Great Gazoo 2 - YouTube

モブは動かさない、しゃべる時顔だけ動かすなどのテクニックが使われてるのがわかるだろう。

 

日本では鉄腕アトムで、「3コマ同じ絵でも動いて見える」と8fpsで作画するすさまじく強引な技が使われた。


鉄腕アトム(1963) - YouTube

また、止め絵のスライド、振り向きはあいだの絵を書かず一コマで済ますなどの簡略化も使われている。ただし毎回使いまわすOPはほぼフルアニメ(12fpsかもしれない)で作画されている。

 

日本の場合、秒間作画枚数を、スピードによって切り替えるという技法も発達した。短い時間だが細かく素早い動きを表現したいときは12fpsあるいは24fpsで作画し、そこを目立たせ、普段の動作、歩きなどは8fpsでいいという考え方である。

 

さて、こういうTVでアニメの登場後劇場用大作がどう変わったか。


西遊記 予告篇 - YouTube

手塚治虫が、自分でアニメ制作に乗り出す前、東映に呼ばれて参加した東映動画三作目の作品「西遊記」。この作品は予告編によると三十余万の作画を謳っている。

 

TVアニメ時代に入ってから制作された「太陽の王子ホルスの大冒険」は、当時「東映フルアニメーション」と謳われたが、これ以前ならわざわざ「フルアニメーション」と言わなくても当たり前にフルアニメーションだったのだ。しかも「東映フルアニメーション」と「東映」がついてることからわかるように、これは「東映独自のフルアニメーション」という意味であり、基本12fpsでの作画なのである。従来の半分の枚数で、テレビの8fpsに比べたらなめらかですよという意味なのだ。


太陽の王子 ホルスの大冒険(予告編) - YouTube

ホルスの作画枚数は15万枚。西遊記の半分になっている。

 

ちなみにスタジオジブリの歴代作品を並べると。

ナウシカ 116分、56000枚
ラピュタ 124分、69000枚
トトロ 86分、48000枚
魔女宅 102分、67000枚
紅の豚 93分、58000枚
もののけ姫 133分、144000枚
千尋 124分、112000枚
ハウル 119分、148000枚
ポニョ 100分、170000枚

 

と、ポニョでやっとホルスを超え、西遊記を超える枚数の作品はいまだ存在していない。ジブリの長編でも日常動作は基本8fpsで描かれており、そのために海外の映画評論家が「動きはぎこちないがすばらしい」と評価してしまうのだ。8fpsに慣れている日本人はなんら違和感を感じないが、アニメーションといえばディズニーと思ってる人たちはジブリの映画でも「なーんかカクカクしてんな」と思ってしまうわけである。

 

もちろん、むやみにフルで動かさない代わり日本では非常に多くのアニメーション作品が安く製作出来ているし、作画にむやみに金かけられないかわり脚本に凝ってお話で見せようという考え方も発達したわけで、フルアニメでない事が必ずしも悪いことではない。