わいせつ基準の変遷

刑法175条

  1. わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする
  2. 有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする

 

現代において、AVとかエロ漫画が刑法175条のわいせつ物として検挙されるかどうかは「性器が露出しているかどうか」が最大の判断基準になっているが、見ての通り条文には「何がわいせつであるか」の基準は明示されていない。

1991年に篠山紀信による樋口可南子写真集「パッションフルーツ」が販売されて、これが摘発されなかったことによって陰毛描写が「わいせつではない」とされる以前は、陰毛が露出している写真はわいせつとされ、取り締まりの対象になっていた。

裏ビデオの走りとされる「洗濯屋ケンちゃん」において、制作側は海外販売も考えてモロ見えのハードコア作品をつくろうとしたが、この作品が海外向けもしくは裏のモロ見え作品であることを知らなかった女優が気を利かせて陰毛を剃ってきてしまい、やむを得ずあとから生えそろった陰毛の剃毛シーンを入れて、これを冒頭に持ってきてパイパンであることの説明シーンにしたという事実があるが、当時ポルノを撮影する際、陰毛が写ってしまう事を恐れて女優が剃毛するという事があったわけだ。もちろん当時でも性器やその結合をモロに見せたらわいせつになるわけで、あくまで剃毛は恥丘まで写っても大丈夫なためのテクニックである。

 

ところで現代の欧米のポルノ作品において陰毛は多くの場合剃られており、日本のAVがあまり剃らないのと対象をなしているが、1980年代までの欧米のポルノ映画では剃らないのが普通だった。この時代の作品を見ると、パンティ脱いだらその範囲全部毛みたいなモジャモジャの女優も平気で存在しており、むしろ日本人の平均より濃いんじゃねえ?というくらいの勢いなのである。おそらく80年代後半~90年代のハイレグ水着登場によって陰毛を手入れする文化が広まり、やがて性器が隠れないように全部もしくは大部分剃ってしまうようになったのではないかと思われる。いったん剃る文化が広まってしまうと、剃らない陰毛は猥褻というより猥雑で、みっともないという意識が生まれたのではないだろうか。日本ではその頃たまたま陰毛の解禁があり、「うわっ陰毛見えてる!えろい」となってしまったために、現在に至るまで陰毛を性的なシンボルとして残す文化になったのだと思う。もっとも最近は徐々ににパイパンも増えているようなのでそのへんは今後欧米に近づいていくかもしれない。

 

過去に遡れば、1950~1980年代の有名なわいせつ裁判は小説作品で争われた。「チャタレイ夫人の恋人」「悪徳の栄え」「四畳半襖の下張」といった作品が『わいせつである」と摘発され、いずれも有罪判決が下っている。

現代では小説がどんなにエロくてもわいせつ罪に問われることはないだろう。理論上はありえない話ではないけど、もしもいま官能小説がわいせつであるとして検挙されたらひどい時代錯誤とみなされるだろう。

 

つまり、わいせつの基準は基本的には、時代とともに徐々に緩くなっているのだ。これは世間一般の人たちが「この程度の表現はあり」とみなす線が変わってきているのであり、ツイギーのミニスカートがいまではそれほどミニとはみなされず、原爆実験の衝撃になぞらえられた当時のビキニの水着が、いまではさほど衝撃的とみなされないことからも伺われる。

 

欧米においても1960年代以前には一般的に劇場映画などではハードコアポルノどころか全裸の股間や乳首をだすのも許されなかった。全裸を正当化するためにヌーディスト映画が作られたり、ドキュメンタリーのふりをして世界のいかがわしい風俗をでっちあげ込みで取材したりしていた。本番丸出しのポルノ映画が作成され、裏ではなく流通するようになるのは1970年代以降である。その結果現在では日本のAVが「大人向けのポルノであるにもかかわらずモザイクをかける」事を不思議がられるようになっている。

現代のインターネット社会においては、一般民衆がごく気軽に海外の無修正ポルノ動画や画像を視聴することができるが、それでも国内のAVメーカーはモザイクをかけて発表しないと捕まってしまう。これは警察の立場では全く矛盾してはいない。日本の法律で取り締まられるのは日本国内で行われる犯罪行為に限られるのであり、外国のポルノ配信サイトがいくら無修正作品を垂れ流しても取り締まり対象にはならない。ただし、海外の会社がダミーであり、本体が日本にあるとなればFC2のように捜査対象になり、罪に問われることになる。

 

画像投稿サイトのpixivは日本の企業が運営するサイトである。ここには海外の絵描きからの投稿もあり、これらのうち、R-18に当たる作品を書く人たちはほとんど局部に修正を入れていない。これ自体はpixivのガイドラインに反することであり、pixiv運営がその気になれば片っ端から削除することも可能なはずであるが、いっぽうこれらを日本の警察が検挙できるかというと難しいのではないか。彼らはアメリカやカナダや台湾に在住している外国人であり、日本の法律の適用をうけない。こうなると、同じ投稿サイトで、日本人の絵描きがちまちま局部に修正入れてる中で、外国人は描き放題となって、いかにも矛盾と感じられてしまう。

 

というわけで、いくらでも海外の無修正ポルノが見られるのに、というのは、警察の活動には現状影響を与えないのだが、このような状況が長く続くことによって、国民全体のポルノに対する認識、基準が変わってくれば、やがては日本においてもモザイクをなくすことができるかもしれない。そうなってくれるといいなあと思っているのだが、僕がまだマンガを描いているうちにそういう時代がくるだろうか…