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橙乃ままれ作「黒髪娘」の時代とか二の姫の歌とか検証してみる

小説

橙乃ままれさんが、「まおゆう」や「ログ・ホライズン」の前に書いた、「黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」」という、主に平安時代を舞台にした作品がとても面白いのだけど、まあなにしろ平安時代なのでこちらもいろいろと知識が追いつかない。あまり聞かない用語などは注釈が入るし、主人公が現代人なのでその感覚で説明も入るし、細かいことは気にならない面白さなので、読んだことがない人はまず呼んで欲しいのだけど、その上で。

 この話、設定が平安時代というのは明言されてるのだけど、平安時代と言っても長いわけで、だいたいどのあたりなんだろうかとか、作中でヒロインが編纂者に選ばれた和歌集は実在するものなのだろうかとか、どーでもいい事が気になって仕方ない。んでヒントを探すんだけど。

 

    友女房「届かれる恋文にも、漢詩で返事を……
     しかも痛烈なのを送りつける始末。
     和歌ならばともかく、あんなに堅い漢詩
     議論をふっかけられてしまっては返答できるのは、
     いまは亡き道真様くらいにちがいなく」

 この引用からまず、菅原道真の死後である事がわかる。道真という名前の人間が他にもいたかもしれないけど、この書き方からすると「学問の神様」菅原道真で間違いないだろう。すると903年以降ということになる。

 

そして、ヒロインである黒髪の姫が歌集の編纂を依頼されるとき、勅撰と私撰の歌集の違いなどを藤壷の方が通例を交えて説明していることから、最初の勅撰歌集である古今和歌集よりは後の時代であることがわかる。ここで905年以降となる。

 

    二の姫「“たとえ身を隔てられていても、
     恋い慕う心は妨げられずに通い合えばよいものを。
     なぜ峰の白雲はそれさえ遮るのか――”」

    黒髪娘「ええ。後撰和歌集です」

編纂作業中に、後撰和歌集が登場するので、これが出た950年代後半まで時代が進む。

 

ただまあ、要するに歌集というのは古今の和歌を集めたものなので、950~960年頃とは断定できない。1000年代以降の可能性もある。ただ、作中にいわゆる源氏や平氏の武士らしき存在が認められないので、武士が権力を持ち始める1100年代後半よりは前だと思う。するとだいたい960年~1100年前後という感じだろうか。140年の間に絞るのが精一杯だった。

 

で、黒髪の姫が編纂した歌集は実在するものか。もし実在の歌集であるならまさに作品の舞台となった時代を明らかにする資料になるわけだが、これは難しい。作中の扱いは、帝が黒髪の才気を聞いて歌集の編纂を任せたらどうかと発言したため、歌集を編纂することが決定したというもので、勅撰歌集にはならず、扱いとしては私撰だけど断れないみたいな位置づけ。これうまいよなあ。勅撰歌集となるとまず現代でも有名なものになるわけで、私撰なら歴史に残らず消えた可能性もあるわけだ。この歌集の特徴は恋歌に絞り、四季の配列をやめ、男女交互に配列するというもので、かなり個性的な歌集なんである。もし実在すればそれなりに画期的な歌集として伝わってそうだが、僕の知識と検索技術ではよくわからない。創作なのかなー。

 

エピローグにこれまた興味深い記述がある。

     先日、男殿が書を一冊見せてくださり
     そのなかに二の姫の歌を見つけた。
     遠い便りを頂いたかのように胸が熱くなった。
     それゆえ、このような便りをしたためる。
     上手く届くと良いのだが……。

 これは現代での話である。作中で二の姫が歌った和歌は

    二の姫「私がその歌を受けましょう。
    
     ――梅が枝に啼きてうつろふ鶯の
     羽しらたへに淡雪の降る」

 これをググると、新古今和歌集に詠み人知らずとして収録されている(すげえ、ままれここで仕込んでやがった)。なるほど、二の姫の歌は鎌倉時代の勅撰和歌集に収録されたのか…と思ったが、実はこの歌、万葉集からの引用なのだ。うわあ一気に800年代前半に逆戻りかよ!!

 

いやまあ、多分設定年代は前半のはっきりした証拠から960年以降であり、二の姫の歌は上記の他にも黒髪が聞いたけど作中に明記されなかった歌があったのだろうということで。

 

結論、検証してもしなくてもこのSSすげえ面白いから、読んだことない人は今すぐ読みなさい。