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昭和39年生まれのオッサンが見てきたインターネットの世界

平成生まれの僕が見てきたインターネットの世界 - ぐるりみち。

及び

昭和生まれのオッサンが見てきたインターネットの世界 - ま、こんなもんでしょ

を呼んで、「昭和って長いからなあ」とか思いました。なので戦後20年弱の年に生まれた僕の知ってるインターネットを。

はじめてのぱそこん

アマチュア無線ショップの店頭でMZ-80を発見。通いつめてプログラミングを勉強していた話はさすがに関係が薄いので。はじめて所有したパソコンのこと。

1984年。「大学に合格したらパソコン買って」と親にねだって買ってもらったのが富士通のFM-8。当時究極の8ビットパソコンと呼ばれ、640*200のピクセルごとに8色表示可能というモンスターマシンでした。

http://jp.fujitsu.com/imgv3/jmuseum/products/computer/personalcomputer/fm8.jpg

すいません。バカみたいに聞こえると思うけど、当時これかなりいいスペックだったんですよ。ちなみに予算がギリギリだったので本体しか買えず、モニターの代わりに家庭用TVに接続するRFコンバータをおまけしてもらいました。この機種はRS-232Cポートも標準搭載しており、その後流行するパソコン通信にも対応出来ました。そう。パソコン通信です。

 

さすがに家庭用TVでは文字が読みにくいので、秋葉原のジャンクショップで骨組み剥き出しのグリーンモニターを買ってきて話題のパソコン通信をはじめました。ちなみに1985年に電気通信事業法が改定されるまで、家庭の電話線に勝手にモデムを繋ぐことは違法でした。

 

パソコン通信はかなりハマりました。ASCII NETから、NIFTY-ServePC-VAN、その他草の根BBSNIFTY-ServeがアメリカのCompuServeと相互接続とかしてたので、そちらの方で投稿されてる成人雑誌のグラビアのスキャンをダウンロードしたり、CompuServeで宣伝してたアメリカの草の根アダルトBBSに国際電話で接続してハードコアな写真を入手したり、インターネット以前もエロは正義でした(笑)

 

きっかけは、NetNews

1980年代後半から1990年代前半にかけて、パソコン通信は隆盛を極めます。インターネットと違い、基本的に一つのサーバにユーザーがぶら下がってその中だけで交流する、掲示板とメールのシステムです。やがてそういうコミュニケーションを通じて、「インターネットという世界があるらしい」という話を耳にする用になります。インターネットと言ってもコンピューターのネットワーク同士がつながり合って巨大なネットワークになっているという話はわかるものの、そこでなにがどう動いているのか、よくわかりませんでした。そんな中で、「インターネットに接続するサービスを提供します。使いたい人はいますか」という書き込みを見つけ、応募します。WIN SYSTEMというところが、試験的に無料で接続する会員を募集していたのです。のちに最初期のインターネットプロバイダになる会社です。

確か最初はUUCP接続のサービスだったと思います。UUCPは定期的に電話をかけて、その時点でサーバに来ているデータを集め、それをローカルなコンピューター上で閲覧するものです。リアルタイムに情報を見るものではないわけです。ここで取得できるデータはメールとNetNewsNetNewsというのは簡単に言うと掲示板システムです。基本的にホストからホストへバケツリレーで情報が伝達され、途中で記事が抜け落ちたりすることがままあるシロモノでした。パソコン通信よりもリアルタイム性もデータの確実性も劣るような気がしますが、世界中に配信されるシステムでした。なお、インターネットそのものは今と同様リアルタイムで繋がるものでしたが、当時専用線以外の、家庭用電話回線とモデムでIP接続をする規格がまだ必ずしも普及しておらず、このようなUUCPか、パソコン通信と同じような無手順での接続でUNIXシェルを操作するという形で末端のパソコンからは利用できていました。

確かこの頃はMacintosh Plusを買っていたのですが、日本語の読めるMac用NetNewsリーダーがなかったので、自作してフリーソフトとして配布したりしていました。UUCP用なので、PPP接続が普及した後はほぼ無用の長物になりましたが。

 

そのうちWIN SYSTEMがPPP接続を提供し始めたので、雑誌などで話題になっていたWWWを見ることができるようになりました。NetScapeがベータ版を出した頃で、雑誌などではNCSA MosaicNetScapeかみたいな感じで書かれていましいた。当時はまともな検索エンジンは存在せず、誰かからURLを聞くか、雑誌を読むか、日本の事実上のポータルサイトになっていたNTTホームページのリンク集からたどってサーフィンするという形でした。

 

はじめてのホームページ

僕がはじめてインターネットでホームページを作ったのは1994年末だったはずです、当時の記録がすでに散逸しているのでさだかではないのですが、1997年の時点で、自分のホームページのディレクトリにあったHTMLファイルのタイムスタンプを調べたところ、一番古いものが1994年12月だったということがありました。1994年にはYahoo!がスタートしています。ただ、初期のYahoo!は社員たちが自分たちでネットサーフィンして興味深いサイトのURLを集め、ジャンル分けして掲載、その中を検索できるという手動のディレクトリサイトでした。なのでホームページを作ったらYahoo!に申告して登録してもらうという事がよくありました。ちなみにインターネットアーカイブに残っている一番古い僕のページは1999年のものです。

 

ホームページを始めた頃、ページに貼る画像はすべてGIFにしていました。初期のNCSA Mosaicがインライン画像はGIFしか対応しておらず、JPEGを貼ると外部アプリを呼び出して表示する仕組みだとインターネット雑誌に載っていたからです。実際どうだったのかはあまりチェックしたことがなかったのでわかりませんが。まあそんな感じで変に気を使う必要があったりしたものです。

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1994年に作成したホームページのトップに貼ったイラスト。これを256色に減色してGIF形式で使用した

Web上の掲示板やチャットは重くて嫌いだった

やがてWeb上で掲示板やチャットが流行ってくるのだけど、CGIでやってるので書き込むとページ全体がもっさりと書き換わるし、新着読むにはリロードしないといけないし、なんかパソコン通信の経験があったせいもあるのだろうけど、Webでやることかなあ思ってました。インターネットはあくまでネットワークとTCP/IPであり、その上でどのようなアプリケーションを動かすかは設計者の自由なわけで、なんでもWebでやる必要無いだろうと思ったんですよね。まあそのうちパソコンも回線も高速になって、Web上の技術もAjaxやらなにやらどんどん快適になっちゃったので、なんかこれはありだったんだなあと思ったりしています。

 

mixiがよくわからなかった

mixi、そもそも友達いないので誰も招待してくれず、なかなか入れなかったんですがww。それはされておき、mixiが流行った時に、インターネットは怖い。mixiは趣味の合う人達と気軽なコミュニケーションができていい。昔のパソコン通信みたいだ。というような話をよく聞きました。なんだろ。せっかく世界中に発信できるようになって、そういういろんな情報をリンクしたり言及したりできるようになったのに、なんでまた閉じこもるんだろうって思って、どうにもソーシャルネットワークがいまいちわかりませんでした。いまだによくわかりません。友達いないのでww。

 

あとがき

あー、うん、なんというか、最初にリンクしたブログのどちらも、その時代なりの「面白かったサイトやコンテンツ」をうまいこと紹介してるけど、なんかそういうふうにならなかったな。一応2chも見てたし、ちゆ12歳とかも見てたんだけど、どうも自分とインターネットとの関わりにおいて、「これ」って区切りになるものがうかばない。オッサンというより老人に近いから記憶がアレなのだろう。サービスとかアプリに関しても、それなりに話題になったものは大概試してみるのだけど、なにしろインスタントメッセンジャーとかスカイプとか、交流する相手がいないのでインストールしたりユーザー登録してもろくに使った試しがないんだよなあ。田舎の親との連絡とかは結局固定電話だし。結論は「僕は友達がいない」ということで。